・・・これを人間の方から云いますと、わなにもいろいろあるけれども、一番狐のよく捕れるわなは、昔からの狐わなだ、いかにも狐を捕るのだぞというような格好をした、昔からの狐わなだと、斯う云うわけです。正直は最良の方便、全くこの通りです。」 私は何だ・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ 子供たちから見ると丁度お祖母さんぐらいの年恰好の女先生が、きれいな白髪で、しかし元気そうな顔つきで出て来ました。「ようこそ! 子供たちはさっきから待っていましたよ。どうしておそかったんです?」「モスクワは大きい市ですから、三年・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・五月闇おぼつかなきに郭公 山の奥より鳴きていづなり この歌調には、何か切なものがある。五月闇おぼつかなき山の奥から鳴いて出づる郭公と共に止み難い何ものかの力を同感しているように思われる。作者は傍観せず、鎌倉の山の木立深・・・ 宮本百合子 「新緑」
・・・つけたる珍品に相違なければ大切と心得候事当然なり、総て功利の念を以て物を視候わば、世の中に尊き物は無くなるべし、ましてやその方が持ち帰り候伽羅は早速焚き試み候に、希代の名木なれば「聞く度に珍らしければ郭公いつも初音の心地こそすれ」と申す古歌・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・けたる珍品に相違なければ、大切と心得候事当然なり、総て功利の念をもて物を視候わば、世の中に尊き物は無くなるべし、ましてやその方が持帰り候伽羅は早速焚き試み候に、希代の名木なれば、「聞く度に珍らしければ郭公いつも初音の心地こそすれ」と申す古歌・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・ しばらくして窓の戸があいて、そこへ四十格好の男の顔がのぞいた。「やかましい。なんだ。」「お奉行様にお願いがあってまいりました」と、いちが丁寧に腰をかがめて言った。「ええ」と言ったが、男は容易にことばの意味を解しかねる様子であっ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・口はグレシアの神の像にでもありそうな恰好をしているのですね。わたくしはあの時なんとも言わずにいましたが、あの日には夕食が咽に通らなかったのです。 女。大方そうだろうと存じましたの。 男。実は夜寝ることも出来なかったのです。あのころは・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・、鬼髯が徒党を組んで左右へ立ち別かれ、眼の玉が金壺の内ぐるわに楯籠り、眉が八文字に陣を取り、唇が大土堤を厚く築いた体、それに身長が櫓の真似して、筋骨が暴馬から利足を取ッているあんばい、どうしても時世に恰好の人物、自然淘汰の網の目をば第一に脱・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ と勘次の母が顔を曇らせて云いかけると、安次は行司が軍扇を引くときのような恰好で、「心臓や、医者がお前、もう持たんと云いさらしてさ。」「どうしてまたそんなになったんやぞ?」「酒桶から落ってのう。亀山で奉公して十五円貰うてたの・・・ 横光利一 「南北」
・・・あの首を前へ垂れた格好も、少し無理である。 しかし立場を換えてこの画に対すると、非難はこれだけではすまない。なるほどこの画は清らかで美しい。けれどもそれはあまりに弱々しく、あまりに単純ではないか。我々はこういう甘い快さで、深い満足が得ら・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫