・・・樹下石上というと豪勢だが、こうした処は、地蔵盆に筵を敷いて鉦をカンカンと敲く、はっち坊主そのままだね。」「そんなに、せっかちに腰を掛けてさ、泥がつきますよ。」「構わない。破れ麻だよ。たかが墨染にて候だよ。」「墨染でも、喜撰でも、・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・苦を侶にした社員をスッポかして、タダの奉公人でも追出すような了簡で葉書一枚で解職を通知したぎりで冷ましているというは天下の国士を任ずる沼南にあるまじき不信であるというので、葉書一枚で馘首された社員は皆カンカンになって結束して沼南に迫った。そ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・れば寝られないので、その晩も例の如くして、最早大分夜も更けたから洋燈を点けた儘、読みさしの本を傍に置いて何か考えていると、思わずつい、うとうととする拍子に夢とも、現ともなく、鬼気人に迫るものがあって、カンカン明るく点けておいた筈の洋燈の灯が・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・ 私は隊長にそう答えると隊長はあきれた非国民もいるものだ、こういう非国民が隣組にいるのは心外であるという意味のことを言って、カンカンになって帰って行った。それと行きちがいに、また隣組から、今日の昼のニュースを聞けと言って来た。 畏れ・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・心斎橋筋まで来て別れたが、器用に人ごみの中をかきわけて行くマダムのむっちり肉のついた裸の背中に真夏の陽がカンカン当っているのを見ながら、私はこんど「ダイス」へ行けば危いと呟いた途端、マダムは急に振り向いたが、派手な色眼鏡を掛けた彼女の顔には・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ そこはゴミゴミした町中で、家が建てこみ、風通しが悪かったが、ことにその部屋は西向き故、夏の真夏の西日がカンカン射し込むのだった。さすがの父親もたまりかねたのか、簾をおろし、カーテンを閉めて西日を防いだのは良かったが、序でに窓まで閉めて・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ あくる日、柳吉が梅田の駅で待っていると、蝶子はカンカン日の当っている駅前の広場を大股で横切って来た。髪をめがねに結っていたので、変に生々しい感じがして、柳吉はふいといやな気がした。すぐ東京行きの汽車に乗った。 八月の末で馬鹿に蒸し・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
ある午後「高いとこの眺めは、アアッ(と咳また格段でごわすな」 片手に洋傘、片手に扇子と日本手拭を持っている。頭が奇麗に禿げていて、カンカン帽子を冠っているのが、まるで栓をはめたように見える。――そんな老・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 彼はヘーゲルが概念をもって真の実在としたのをひるがえして、われわれの感官に与えられた自然をもって実在とした。マルクスはさらに進んで意識を自然の反映であるとし、道徳は経済関係の上部構造としての二次的のものにすぎないとした。生産関係はそれ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・これだけの根本的な感官的性能の差違を考えただけでも抽象映画なるものの価値は理解されるであろう。それで絵画におけるキュービズムやフュチュリズムの運命が、おそらくはこの種の映画の行く末を見せてくれるであろう。 発声映画 ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫