・・・西洋人の詩にも漢詩にも、そうした傾向のものがいくらかはあるかもしれないが、浅学な私の知る範囲内では、外国の詩には自我と外界との対立がいつもあまりに明白に立っており、そこから理屈が生まれたり教訓が組み立てられたりする。万葉の短歌や蕉門の俳句に・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・おおぜいが車座になってこの新しい同棲者の一挙一動を好奇心に満たされて環視しているのであった。猫に関する常識のない私にはすべてただ珍しい事ばかりであった。妻が抱き上げて顋の下や耳のまわりをかいてやると、胸のあたりで物の沸騰するような音を立てた・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ 連俳の特色はそれが多数の作者の共同制作となりうることである。漢詩の連句もそうであるがこれはむしろ多数が合して一人となるのが理想であるらしく見える。しかし俳諧連句では、いろいろの個性が交響楽を織り出すところに妙味がある。七部集の連句がお・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・それどころか、ややもすればわれわれの中のさもしい小我のために失われんとする心の自由を見失わないように監視を怠らないわれわれの心の目の鋭さを訓練するという効果をもつことも不可能ではない。 俳句の修業はその過程としてまず自然に対する観察力の・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・「それから船便を求めてあてのない極東の旅を思い立ったが、乗り組んだ船の中にはもうちゃんと一人スパイらしいのが乗っていて、明け暮れに自分を監視しているように思われた。日本へ来ても箱根までこの影のような男がつきまとって来たが、お前のおかげで・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・その時、まず冠詞というものの「存在理由」がはなはだしく不可解なものに思われた。Theが、至るところ文章の始めごとに繰り返されて出現する事が奇妙に強い印象を与えた事を記憶する。自分の手のことを「持つ」というのもおかしかったが、これが「手を」の・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・ ある時ある高い階級の婦人が衆人環視の中で人力車を降りる一瞬時の観察から、その人の皮膚のある特徴を発見してそれを人に話したので、実に恐ろしい女だと言ってそれが一つ話になった。 彼女は日本の女には珍しい立派な体格の所有者であった。容貌・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・ 元来この四楽章構成は決して偶然なものではなくて、ちょうど漢詩の起承転結などにも現われまた戯曲にも小説にも用いられる必然的な構成法であって特に連句のみに限られたことではないのであるが、しかしその構成要素の音楽的な点から見て連句の場合ほど・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・「これがあるから監視するんだな。可しこんなものを焼捨てて了おう。」というんで、秋山大尉がその手紙を奥さんの目の前で皆な火に燻べて了った。それで奥さんの方も気が弛んだ。 秋山大尉は、そうと油断さしておいて、或日××河へ飛込んだがだ。河・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・休課の時間にもわたくしは一人運動場の片隅で丁度その頃覚え初めた漢詩や俳句を考えてばかりいるようになった。 根岸派の新俳句が流行し始めたのは丁度その時分の事で、わたくしは『日本』新聞に連載せられた子規の『俳諧大要』の切抜を帳面に張り込み、・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
出典:青空文庫