・・・即ち、それぞれの筆者の主観と感情の傾向に支配されて、ある文章は無垢な天の童子の進軍の姿のように、ある文章は漢詩朗吟風な感傷に於て書かれた。そして、そのいずれもが等しく溢れさせているのは異常な環境のために一層まざまざとした筆者の個性の色調であ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・用語も、和文脈から漢詩の様式を思い浮ばせる形式に推移して来る。「常盤樹」にしろさらに「鼠をあわれむ」「炉辺雑興」「労働雑詠」等に到って、この詩人が、小諸の農村生活の日常に結びつくことで、こんなに自然を観る態度が異って来たかとおどろくばかりの・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・の驚くべき冷静、緻密な描写を運びつつ、小説を書いていると塵っぽくてやり切れない、だから詩をつくると云い、日に数首ずつの漢詩をつくっている。私に漢詩を味う力はないが、卒読したところ、それらの詩は、どれも所謂仙境に遊ぶ的境地を詠ったものが多い。・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・そこには冠詞がいりますね」「――DER?」「そうです。――ではこの文句をすっかり裏から云ったらどうなります。――彼が植物園へ行くことをしなかったなら、こうであったろうと云う風に……」 稽古も終りかけで、応用作文を藍子が帳面へ書い・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・衆人環視のなかで、その男は自分の女房をなぐったのであった。 そのひとはそういう今日の人の気風に竦然としたと語った。 小田急の電車の中で、パーマネントの若い女の髪をつかんで罵りながら引っぱっている男を、ぐるりから止めることもできないよ・・・ 宮本百合子 「私の感想」
・・・次にここに補って置きたいのは、翻訳のみに従事していた思軒と、後れて製作を出した魯庵とだ。漢詩和歌の擬古の裡に新機軸を出したものは姑く言わぬ。凡そ此等の人々は、皆多少今の文壇の創建に先だって、生埋の運命に迫られたものだ。それは丁度雑りものの賤・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫