・・・ 自分は、貴方の鑑定に信頼するから、どうぞ襖だけは気をつけて下さいと頼んだ。 自分にとって、あの赧黄色い地に、黒でこまこまと唐草の描いてある唐紙ほど、いやなものはない。新らしい家ではとも角、古び、木の黒光るような小家に、あの襖が閉っ・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ 宮城前から首相官邸前にさしかかった行進は、隊伍の中から代表を官邸へ送りこみ、秩序正しく、前進しつづけた。そして、機会もあらば、と待ちかまえていた警官を失望させたことを、新聞はいくらかからかい気味に報じている。 官邸に入った代表は、・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
・・・どの舟もどの舟も、載せられるだけ大勢の人を載せて来たので、お酌の小さい雪蹈なぞは見附かっても、客の多数の穿いて来た、世間並の駒下駄は、鑑定が容易に附かない。真面目な人が跣足で下りて、あれかこれかと捜しているうちに、無頓着な人は好い加減なのを・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・ 己の鑑定では五十歳位に見える。 下宿には大きい庭があって、それがすぐに海に接している。カツテガツトの波が岸を打っている。そこを散歩して、己は小さい丘の上に、樅の木で囲まれた低い小屋のあるのを発見した。木立が、何か秘密を掩い蔽すよう・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫