・・・馬車はこの言葉の終らぬうちにがたがた後へ下り出した。と同時に驚くまいことか! 俺も古本屋を前に見たまま、一足ずつ後へ下り出した。この時の俺の心もちは恐怖と言うか、驚愕と言うか、とうてい筆舌に尽すことは出来ない。俺は徒らに一足でも前へ出ようと・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・階下の輪転機のまわり出す度にちょうど小蒸汽の船室のようにがたがた身震いをする二階である。まだ一高の生徒だった僕は寄宿舎の晩飯をすませた後、度たびこの二階へ遊びに行った。すると彼は硝子窓の下に人一倍細い頸を曲げながら、いつもトランプの運だめし・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・それでなくっても一度なぞは、あるからっ風のひどかった日に、御使いに行って帰って来ると、――その御使いも近所の占い者の所へ、犬の病気を見て貰いに行ったんですが、――御使いに行って帰って来ると、障子のがたがた云う御座敷に、御新造の話し声が聞える・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・餓えと寒さがひしひしと答え出してがたがた身をふるわしながら、挨拶一つせずにさっさと別れて歩き出した。 玉蜀黍殻といたどりの茎で囲いをした二間半四方ほどの小屋が、前のめりにかしいで、海月のような低い勾配の小山の半腹に立っていた。物の饐えた・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・朝毎の町のどさくさはあっても、工場の笛が鳴り、汽車ががたがた云って通り、人の叫声が鋭く聞えてはいても、なんとなく都会は半ば死しているように感じられる。 フレンチの向側の腰掛には、為事着を着た職工が二三人、寐惚けたような、鼠色の目をした、・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・続いて、がたがたと些と荒く出ると、拍子に掛かって、きりきりきり、きりりりり、と鳴き頻る。 熟と聞きながら、うかうかと早や渡り果てた。 橋は、丸木を削って、三、四本並べたものにすぎぬ。合せ目も中透いて、板も朽ちたり、人通りにはほろほろ・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ という平吉の声が台所で。がたがた、土間を踏む下駄の音。 五「さあ、お上り遊ばして、まあ、どうして貴下。」 とまた店口へ取って返して、女房は立迎える。「じゃ、御免なさい。」「どうぞこちらへ。」と、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 汽車に乗って、がたがた来て、一泊幾干の浦島に取って見よ、この姫君さえ僭越である。「ほんとうに太郎と言います、太郎ですよ。――姉さんの名は?……」「…………」「姉さんの名は?……」 女は幾度も口籠りながら、手拭の端を俯目・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・暫らくがたがたやってみたが、重かった。雨戸は何枚か続いていて、端の方から順おくりに繰っていかねば駄目だと、判った。そのためには隣りの部屋の前に立つ必要がある。私はしばらく躊躇ったが、背に腹は代えられぬと、大股で廊下を伝った。そして、がたがた・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・女中部屋でもよいからと、頭を下げた客もあるほどおびただしく正月の入湯客が流れ込んで来たと耳にはいっているのに、こんな筈はないと、囁きあうのも浅ましい顔で、三人の踊子はがたがたふるえていた。 ひと頃上海くずれもいて十五人の踊子が、だんだん・・・ 織田作之助 「雪の夜」
出典:青空文庫