・・・また物質的にも、精神的にも、何物をも希求せぬほど恬澹であったとは誰も信ずることが出来ない。お佐代さんには慥に尋常でない望みがあり」「必ずや未来に何物かを望んでいただろう。そして瞑目するまで美しい目の視線は遠い遠い所に注がれていて、或は自分の・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・「彼等は国家の危急に赴こうとしている」、と。ゴンクール自身は、政治として、この包囲を見ており、それを失敗として見ている。だが、民衆は、祖国の防衛として肉体をもってそれを感じ、そこに身を挺している。彼等灰色の人々に光栄あれ。 フランスの知・・・ 宮本百合子 「折たく柴」
・・・ こういう危急の時に、爪先も濡らさず岸に立って、諸君、まず、橋を作る材木を出し給え。マァ、何の彼のいわず、材木だけは、ともかく僕にわたし給え。いずれ橋はかけてやると、筋の通った将来の計画も誠意もなしに演説している者を、誰が対手にするでし・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
・・・幾人かのひとは、著者がフランスの危急についてそれだけ知っていたのに、何の積極な働きも試みなかったこと、そして今になってそれを喋々する態度を批判している。その批評は幾人かの人々が知識人として今日の社会に対している良心のあらわれであるのだけれど・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
・・・ヨーロッパ大戦ののち書かれた多くの代表的文学作品は、塹壕から帰休する毎に深められて行く男のこの憎悪の感情と寂寞の感情にふれていないものはない。 日本の兵士たちは、地理の関係から、一たん故国をはなれてしまうと、骨になってかえるか、凱旋する・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・正直な人々は、伝統的な感情にしたがって、国家が危急に瀕しているとき、まだとやかくいっている非国民! 理窟があるならまず協力して勝ってからいうべきであるという心持だった。これは、勤労動員された女学生たちの稚い心にさえ何かのニュアンスで生きてい・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・流刑地でのいろいろの危急の場合にきたえられていたロマーシの勇敢で適宜な防衛で命が助かった。 村を出てからゴーリキイは裏海の漁業組合で働き、やがてドウブリンク駅の番人として働き、駅夫や人夫に地理や天文の本をよんで聞かせてやりながら、半分歩・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・また物質的にも、精神的にも、何物をも希求せぬほど恬澹であったとは、誰も信ずることが出来ない。お佐代さんにはたしかに尋常でない望みがあって、その望みの前には一切の物が塵芥のごとく卑しくなっていたのであろう。 お佐代さんは何を望んだか。世間・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・それにしても、この少年が祖国の危急を救う唯一の人物だとは、――実際、今さし迫っている戦局を有利に導くものがありとすれば、栖方の武器以外にありそうに思えないときだった。しかし、それにしても、この栖方が――幾度も感じた疑問がまた一寸梶に起ったが・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫