・・・ この小説の中には、素朴なかたちではあるが、おそらく作者の全生涯を貫くであろう人生と文学とに対する一つの基調が響いている。どういう風に社会に生き、人生を愛し、そして文学を生んでゆきたいと思っているか、ということが暗示されている。「貧しき・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・ 科学者の社会的基調 昨今の社会情勢は推移して、もはや科学性のそれ以上の発展と支配力の利害とは一致し得なくなって来た。科学に対する統制は科学の発展を阻害して目前の功利主義へひきとめる形としてあらわれて来ている。・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・むA村の農民の生活にとって、こういうさまざまのいりくんだ関係はどんなに日常の制約となっているか、米作と炭やきと日雇稼ぎとはA村の全生活でどういう組合せになっているかというようなことが、じっくりと全篇の基調としてとりあげられたならば、部分部分・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・歌集『几帳のかげ』に盛られた女の憤りはどういうものであったのであろうか。宮崎龍介の妻として納り、今日その日その日をどうやら外見上平穏に過しておられるようになってしまえば、愛のない性的交渉を強制される点では伝ネムの妻であった彼女の場合より比較・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・この婦人に対する一見知的で実は感覚的なものの上に立つ思想はトルストイの全芸術を貫く一つの著しい基調となっている。 トルストイアンと称する連中にとりかこまれ、無抵抗主義の信条で、全財産を放棄したがっているトルストイの希望に、怯え、憎悪し、・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・その意味では、火野の諸作も幾多のルポルタージュも文学の基調を一変させるものではなかった。それらのものと、従来の文学とはそれぞれのものとしてありつづけたのである。 ところが、この年の初頭に一部の指導的な学者・文筆家が自由を失い、また作家の・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・お茶の水の卒業後暫く目白の女子大学に学び、先年父の外遊に随って渡米、コロムビア大学に留まって社会学と英文学研究中、病気に罹り中途で退きましたが、その時、荒木と結婚することになり、大正九年に帰朝いたしまして、その後は家事のひまひまに筆にいそし・・・ 宮本百合子 「処女作より結婚まで」
・・・さらに指導性について、各自意見の混乱を示している中で、阿部知二は、はっきりファッシズムに興味をもち、人にきいたり一生懸命研究してみるつもりであると断言しているし、フランスから新帰朝の小松清はジイドの文学的節操に感歎しつつ文学における性問題の・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・しかし、民主的な文学なら、必ずそこを基盤としなければならない民衆の健やかで平明で条理のとおった現実的判断が、この試作の基調となっています。読んで、アクのつよい、いやな後味は一つもなかったでしょう? 小さいけれども、まともなものです。『新日本・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・ 十一月二十日すぎに、英国から従弟の一人が帰朝した。祖母とは特別深い繋りがあった人なので、寒くもなるしそれをよい知らせに迎いが立った。従弟の歓迎の意味で近親の者が集って晩餐を食べた時、私は帰ってから始めて祖母に会った。子供のように、赤い・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
出典:青空文庫