・・・ それから、つい近年まで、法事のあるたんびに、日が同じだからと云うんで、忰の方も一緒にお供養下すって、供物がお国の方から届きましたが、私もその日になると、百目蝋燭を買って送ったり何かしたこともござえんしたよ。 ……それで仲間の奴等時・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・この寺はむかしから遊女の病死したもの、または情死して引取手のないものを葬る処で、安政二年の震災に死した遊女の供養塔が目に立つばかり。その他の石は皆小さく蔦かつらに蔽われていた。その頃年少のわたくしがこの寺の所在を知ったのは宮戸座の役者たちが・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・昔、融禅師がまだ牛頭山の北巌に棲んでいた時には、色々の鳥が花を啣んで供養したが、四祖大師に参じてから鳥が花を啣んで来なくなったという話を聞いたことがある。宗教の智は智その者を知り、宗教の徳は徳その者を用いるのである。三角形の幾何学的性質を究・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・但し最後に前論士は釈尊の終りに受けられた供養が豚肉であるという、何という間違いであるか豚肉ではない蕈の一種である。サンスクリットの両音相類似する所から軽卒にもあのような誤りを見たのである。茲に於てか私は前論士の結論を以て前論士に酬える。仏教・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・が、この時間の放送に何か理屈っぽい、云ってみれば教養めいたお話をするということがいつもそぐわなく感じられます。 一、どんな方でも、朝おきてさてこれから一日の活動にとりかかろうと、その気持で食卓にも向い身じたくもととのえるとき、其々御自分・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・夫人はどういう圧力に強要されたのか、自殺なんてとんでもないということばをくりかえし公表させられていました。そのために、事件がわけがわからないものであると一緒に、下山氏に対する、また遺族に対する世間の人間的な同情さえそらされている結果になって・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・仏教や儒教が、女らしさにますます忍苦の面を強要している。孟母三遷というような女の積極的な判断が行動へあらわれたような例よりも、女は三界に家なきもの、女は三従の教えにしたがうべきもの、それこそ女らしいこととされた。従って女としてのそういう苦痛・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・を発表し、ヨーロッパ風な教養と中流知識人の人道的な作風を示した。「焙烙の刑」その他で、女性の自我を主張し、情熱を主張していた田村俊子はその異色のある資質にかかわらず、多作と生活破綻から、アメリカへ去る前位であった。 こういう文学の雰囲気・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・一応文学趣味を今日も満足させている芥川龍之介の散文が、教養的であっても、極めて脆い体質をそなえていることなどと著しい対照をも示すわけだろう。 藤村の歿後、何かの新聞に島崎鶏二氏の書いた文章を見かけた。そして生涯精励であるいかなる作家も、・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ 戦時中の反動で、しきりに教養だの文化だのと求めながら、わたしたちは必要なだけの真面目さで今日の文化性について吟味していないように思う。きょうの現実に生きるわたしたちの感情には、ひと握りの人たちが教育をうけて来た外国の文化をほめて日本の・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
出典:青空文庫