・・・辞職の許可が出さえすれば、田宮が今使われている、ある名高い御用商人が、すぐに高給で抱えてくれる、――何でもそう云う話だった。「そうすりゃここにいなくとも好いから、どこか手広い家へ引っ越そうじゃないか?」 牧野はさも疲れたように、火鉢・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・――とにかく長谷川君の許嫁なる人は公式通りにのぼせ出したようだ。」「実際そう云う公式がありゃ、世の中はよっぽど楽になるんだが。」 保吉は長ながと足をのばし、ぼんやり窓の外の雪景色を眺めた。この物理の教官室は二階の隅に当っているため、・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・ ある雨の晴れ上った朝、甲板士官だったA中尉はSと云う水兵に上陸を許可した。それは彼の小鼠を一匹、――しかも五体の整った小鼠を一匹とったためだった。人一倍体の逞しいSは珍しい日の光を浴びたまま、幅の狭い舷梯を下って行った。すると仲間の水・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・ フランシスとその伴侶との礼拝所なるポルチウンクウラの小龕の灯が遙か下の方に見え始める坂の突角に炬火を持った四人の教友がクララを待ち受けていた。今まで氷のように冷たく落着いていたクララの心は、瀕死者がこの世に最後の執着を感ずるようにきび・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・もとより開墾の初期に草分けとしてはいった数人の人は、今は一人も残ってはいませんが、その後毎年はいってくれた人々は、草分けの人々のあとを嗣いで、ついにこの土地の無料付与を道庁から許可されるまでの成績を挙げてくれられたのです。 この土地の開・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ 七十ばかりな主の翁は若き男女のために、自分がこの地を銃猟禁制地に許可を得し事柄や、池の歴史、さては鴨猟の事など話し聞かせた。その中には面白き話もあった。「水鳥のたぐいにも操というものがあると見えまして、雌なり雄なりが一つとられます・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・随分書いたが、情報局ではねられて許可にならなかったから、金はくれないんだ。余り催促すると、汚ないと思われるから黙っていたがね」「しかし、汚ないという評判だぜ。目下の者におごらせたりしたのじゃないかな」「えっ」 解せぬという顔だっ・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ときどき波が来て私たちの坐っている床がちょっと揺れたり、川に映っている対岸の灯が湯気曇りした硝子障子越しにながめられたり、ほんとうに許嫁どうしが会うているというほのぼのした気持を味わうのにそう苦心は要らなかったほど、思いがけなく心愉しかった・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ さあその条規も格別に、これとむつかしいことはなく、ただその閣令を出す必要は、その法令を規定したすべての条件を具えたものには、早速払い下げを許可するが、そうでないものをば一斉に書面を却下することとし、また相当の条件を具えた書面が幾通もあ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・とついに文永十一年五月宗門弘通許可状を下し、日蓮をもって、「後代にも有り難き高僧、何の宗か之に比せん。日本国中に宗弘して妨げあるべからず」という護法の牒を与えた。 けれども日蓮は悦ばず、正法を立せずして、弘教を頌揚するのは阿附である。暁・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫