・・・ そしてポキリと枝を折りました。赤いダァリヤはぐったりとなってその手のなかに入って行きました。「どこへいらっしゃるのよ。どこへいらっしゃるのよ。あたしにつかまって下さいな。どこへいらっしゃるのよ。」二つのダァリヤも、たまらずしくりあ・・・ 宮沢賢治 「まなづるとダァリヤ」
・・・こうした些細な慾望や、理想は兎も角として、この地上に誰れもが求め、限りもなくのぞむものは平和と愛ではないでしょうか。各々もとめるところの形は皆ちがいましょうけれど、私達の理想とするものは、愛と平和の融合を措いてこの世の楽園は考えられないと思・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・働く婦人が、まっさきに勘定されるのはクビキリの場合だけである。これは国鉄にはっきり現れている。こういう日本の政府のやりかたは、変えられなければならないものである。〔一九四六年八月〕 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ 大小不同の歩き工合の悪い敷石を長々と踏んで、玄関先に立つと、すぐ後の車夫部屋の様な処の障子があいて、うす赤い毛の、ハッキリした書生が、 どなた様でいらっしゃいますか。ときいた。「昆田」と云う誰でもが覚えにくがる栄蔵・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・私小説に出戻るというのではなく、社会生活に対する興味と関心と、そのような社会生活を共同のものとして感じる心の肌理のつんだ表現としての短篇小説が期待されるようになったのである。 文学の文学らしさを求めるこの郷愁は、素材主義的な長篇に対置し・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 学生という夥しい青年たちの質は実にピンからキリまでであるから、なかには勿論下らない者もいるだろう。それはあらゆる社会の部面に下らない者のいることと同じである。けれども、学生は、と総括して、まるで平常は本をよみさえしないように云われた時・・・ 宮本百合子 「「健やかさ」とは」
・・・著者にとりてこれは不幸な偶然であるのかもしれないけれども、第三者の心には、今日の日本の文化の肌理はこうなって来ているかという、一種の感慨を深くさせるのであった。 そして、「学生の生態」という題は、じっとみているうちにまた別の面で私たちの・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・ひとが何と云ったってかまわないし、妙なことを云えば、ねじこんでやればいい、という春桃の頸骨のつよさは、中国独特の肌理のこまかい、髪の黒い、しなやかな姿のうちにつつまれている。 パール・バックは、中国の庶民の女の生きる力のつよさ、殆ど毅然・・・ 宮本百合子 「春桃」
新聞包をかかえて歩いてる。 中は、衣紋竹二本・昭和糊・キリ・ローソク・マッチ・並にラッキョーの瓶づめ一本。――世帯の持ちはじめ屡々抱えて歩かれる種類の新聞包だ。朝で、帝大構内の歴史的大銀杏の並木は晴れた秋空の下に金色だ・・・ 宮本百合子 「ニッポン三週間」
・・・首キリ・賃下げ・労働強化絶対反対! 帝国主義戦争絶対反対! 同一労働に対しては同一賃金をよこせ! と叫んで工場から溢れ出す。特別今年のメーデーは戦争のために起った物価騰貴、労働条件の悪化、いくら戦争をしても減らない三百万人の失業者の苦しみ、・・・ 宮本百合子 「日本プロレタリア文化連盟『働く婦人』を守れ!」
出典:青空文庫