・・・どうせこれもその愚作中の愚作だよ。何しろお徳の口吻を真似ると、「まあ私の片恋って云うようなもの」なんだからね。精々そのつもりで、聞いてくれ給え。 お徳の惚れた男と云うのは、役者でね。あいつがまだ浅草田原町の親の家にいた時分に、公園で見初・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・ 有体にいうと、坪内君の最初の作『書生気質』は傑作でも何でもない。愚作であると公言しても坪内君は決して腹を立てまい。私が今いうと生意気らしいが、私は児供の時からヘタヤタラに小説を読んでいた。西洋の小説もその頃リットンの『ユーゼニ・アラム・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・ついに貴重な紙を、どっさり汚して印刷され、私の愚作は天が下かくれも無きものとして店頭にさらされる。批評家は之を読んで嘲笑し、読者は呆れる。愚作家その襤褸の上に、更に一篇の醜作を附加し得た、というわけである。へまより出でて、へまに入るとは、ま・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・必ず泣く、といっても過言では無い。愚作だの、傑作だのと、そんな批判の余裕を持った事が無い。観衆と共に、げらげら笑い、観衆と共に泣くのである。五年前、千葉県船橋の映画館で「新佐渡情話」という時代劇を見たが、ひどく泣いた。翌る朝、目がさめて、そ・・・ 太宰治 「弱者の糧」
・・・この頑丈の鉄仮面をかぶり、ふくみ声で所謂創作の苦心談をはじめたならば、案外荘重な響きも出て来て、そんなに嘲笑されずにすむかも知れぬ、などと小心翼々、臆病無類の愚作者は、ひとり淋しくうなずいた。 昭和十一年十月十三日から同年十一月十二日ま・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・弟妹たちと映画を見にいって、これは駄作だ、愚作だと言いながら、その映画のさむらいの義理人情にまいって、まず、まっさきに泣いてしまうのは、いつも、この長兄である。それにきまっていた。映画館を出てからは、急に尊大に、むっと不機嫌になって、みちみ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・上映中の映画がどんな愚作であってもそれは問題でない、のみならずあるいはむしろ愚作であればあるほどその治療的効果が大きいような気もするのである。 ちょっと考えると、たださえ頭を使い過ぎて疲れている上に、さらにまた目を使い耳を使いよけいな精・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・もし感じ一方をもってあの作に対すれば全然愚作である。幸にしてオセロは事件の綜合と人格の発展が非常にうまく配合されて自然と悲劇に運び去る手際がある。読者はそれを見ればいい。日本の芝居の仕組は支離滅裂である。馬鹿馬鹿しい。結構とか性格とか云う点・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・「文展の瘤展」「愚作堂に満つ」云々。この絵が大臣賞を貰っているのは大変面白いことです。これは普通の落選もある文展の方です。又散歩に出たらエハガキを買って来てお目にかけましょう。 十一月二十二日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より〕・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ァシズム独裁に対する人民の嫌悪感を逆に利用して、真の戦争反対者、民族の自主生活を希望するものの上にその名を冠らせ、人民の中から真面目に戦争挑発に反対する要素をとりのぞこうとする方策は、ファシストとして愚策とは考えられていないだろう。ファシス・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
出典:青空文庫