・・・「ぐるりに人がたくさん集まって見ていましたよ。提灯を借りて男が出て来ましてね。さ、どいてくれよと言って、前の人をどかせて牛を歩かせたんです――みんな見てました……」 姑の貌は強い感動を抑えていた。行一は「よしよし、よしよし」膨ら・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 彼は家のぐるりを一周して納屋へ這入って見た。四ツに畳んできっちり重ねてあった蓆がばらばらにされていた。空俵はもと置いてあった所から二三尺横に動いていた。「こりゃ、この下に一度かくして、また取り出したんだな。」彼はこんなところへ気を・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・着ている物は浅葱の無紋の木綿縮と思われる、それに細い麻の襟のついた汗取りを下につけ、帯は何だかよく分らないけれども、ぐるりと身体が動いた時に白い足袋を穿いていたのが目に浸みて見えた。様子を見ると、例えば木刀にせよ一本差して、印籠の一つも腰に・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・なれども当人は平気で、口の内で謡をうたい、或はふいと床から起上って足踏をいたして、ぐるりと廻って、戸棚の前へぴたりと坐ったり何か変なことをいたし、まるで狂人じみて居ります。ちょうど歳暮のことで、内儀「旦那え/\」七「えゝ」内儀「・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・あのお城のぐるりには毒蛇と竜が一ぱいいて、そばへ来るものをみんな殺してしまいます。しかし、その毒蛇も竜も、日中一ばん暑いときに三時間だけ寝ますから、そのときをねらって、こっそりとおりぬければ大丈夫です。」と言いました。ウイリイはそのとおりに・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・だての大工場の屋根瓦がうねうねと大蛇が歩くように波をうつと見るまに、その瓦の大部分が、どしんとずりおちる、あわてて外へとび出すはずみに、今の大工場がどどんとすさまじい音をたてて、まるつぶれにたおれて、ぐるり一ぱいにもうもうと土烟が立ち上る、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ それから、自分の寝室へは、だれも近づいて来られないように、ぐるりへ大きな溝を掘りめぐらし、それへ吊橋をかけて、それを自分の手で上げたり下したりしてその部屋へ出這入りしました。 或とき彼は、自分の顔を剃る理髪人が、「おれはあの暴・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・すべてがぐるりと急転廻した。私は、単純な男である。 浪曼的完成もしくは、浪曼的秩序という概念は、私たちを救う。いやなもの、きらいなものを、たんねんに整理していちいちこれの排除に努力しているうちに日が暮れてしまった。ギリシャをあこがれては・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・子供の馬、積木の相手、アンヨは上手、つつましきながらも家庭は常に春の如く、かなり広い庭は、ことごとく打ちたがやされて畑になってはいるが、この主人、ただの興覚めの実利主義者とかいうものとは事ちがい、畑のぐるりに四季の草花や樹の花を品よく咲かせ・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・まるい舞台のぐるりに張りめぐらされた太いロオプに顎をのせかけて、じっとしていた。ときどき眼を軽くつぶって、うっとりしたふりをしていた。 かるわざの曲目は進行した。樽。メリヤス。むちの音。それから金襴。痩せた老馬。まのびた喝采。カアバイト・・・ 太宰治 「逆行」
出典:青空文庫