・・・田舎の女をわたくしの境界に置きましたら、随分わたくしと同じ思立をいたす女があろうかと存じます。これはただ思立つだけの事でございます。それを実行いたすとなると、どんな物になるだろうと云うことは、ロメエヌ町の家であなたを隙見をいたすまで、わたく・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 動物と植物との間には確たる境界がない。パンフレットにも書いて置いた通りそれは人類の勝手に設けた分類に過ぎない。動物がかあいそうならいつの間にか植物もかあいそうになる筈だ。動物の中の原生動物と植物の中の細菌類とは殆んど相密接せるものであ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 日本の状態は、日本のわたしたちのためばかりでなく、アジアの平和、ひいて世界の平和のために、きわめて警戒されなければならない状態です。日本の中には釈放された有力な戦争協力者たちが暗躍していて、この一年間に人民に対する抑圧とアジアの解放を・・・ 宮本百合子 「新しいアジアのために」
・・・事件当夜、立川市の警察署長は立川国警から電話をうけて、八時半頃三鷹附近で事件がおきるから注意して警戒にあたれと、命令をうけたと二十七日『アカハタ』記者に語っています。電話をかけた立川国警署長は、「同様な意味の電話が国警本部から八時半頃あった・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・小鳥に対して人間は、いつも楽しげな、軽快なものという先入主を以て対している。それが気の無さそうな風をして、ひっそり足をすくめていると、非常に四辺をわびしく思うのであろう。 始め、我々が小鳥を飼ったのには、別に大した理由もなかった。去年の・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・ 彼女等の引緊った表情と、軽快な容姿と比較したとき、その直覚の鈍さは、時には滑稽の感を与えずには措きません。 年中緊張して、笑う間にさえ尚心にゆとりを与えない彼女等の生活は、東洋人に特恵である直覚と対立した時、思わずも微笑させる余裕・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・事実黄金色の軽快なアルコオルが体内に流れ込んだのだから、隣の食卓の一組は食堂に来た時より一層若やぎ恍惚として来たらしい。男は今、つれの婦人のむきだしの腕を絶えず優しく撫でさすりながら、低声に顔をさしよせて何か云っている。婦人は、平静に母親ら・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・ 戦後の子供がラジオを通じレコードを通じ、なじんで歌う歌は、軽快に、明るくたのしく、リズミカルであるように、と児童の心理に即して選ばれている。君が代が歌そのものとして、歌う子供たちにわけのわからない義務感しか与えていないとすれば、君が代・・・ 宮本百合子 「修身」
・・・綺麗な花。軽快な小枝模様でもさっぱりと出した壁の前には、単純で、細工は確かなカップボールド、サービング・チェスト。 台所との間には、どんなに小さくても配膳室があった方がよろしいでしょう。給仕をするのに、一々、大きな扉の開閉をせず、配膳室・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・極度の静謐、すっかり境界がぼやけ、あらゆる固執を失った心と対象との間に、自ら湧き起る感興、想念と云うもので先ずその第一歩を踏み出すのが創作の最も自然な心の態度らしく感ぜられ始めたのである。何たる沈黙、沈黙を聞取ろうと耳傾ける沈黙――人が、己・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
出典:青空文庫