・・・が結局「どんなに善意に解釈しても、ソヴィエットの社会主義的進化の実状に対するトロツキーの思想と思索方法とが全く動脈硬化的な抽象論を一歩も出ていない」という翻訳者として意見を表明しておられる。『改造』では、更に猪俣津南雄氏の「トロツキーの・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・掘割だ。高架鉄道陸橋は四階の窓と窓とを貫通した。 タクシーがちらほら走った。 おや、しゃれた警笛が鳴るじゃないか。なるほど乗合自動車はやっとロンドン市自用車疾走区域に入った。 汽船会社が始まった。また汽船会社がある。・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ほんの一とき市民の胸を掠めるぼんやりした哀愁の夜が、高架鉄橋のホイッスラー風な橋桁の間から迫って来た。 そういう黄昏、一つの池がある。ふちの青草に横わって池を眺めると、水の上に白樺の影が青く白く映っていた。花咲かぬ水蓮も浮いている。・・・ 宮本百合子 「わが五月」
・・・政治の実権――主権を武家に確保するために、公家と武器と領地と領地の農民を背景とした僧侶の反抗の口実を防ぐために、天皇一族に対する給与ということが考えられていたのであった。 秀吉といえば、桃山時代という独特な時期を文化史の上につくり出した・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・それが君主を目差すとか、大統領を目差すとかいうことになるのは、主義を広告する効果が大きいからだと云うのだ。」「焼けな話だね」と、山田が云った。 犬塚は笑って、「どうせ色々な原因から焼けになった連中が這入るのだから、無政府主義は焼けの・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・そう云う高価な感覚的批評は現れないか。そう云う秀抜な批評的感覚は現れないか。われわれの待つべき貴きものの一つはそれである。文学と感覚 自分は文芸春秋の創刊当時から屡々感覚と云う言葉を口にして来た。しかし、これは云うべき時機で・・・ 横光利一 「新感覚論」
独断 芸術的効果の感得と云うものは、われわれがより個性を尊重するとき明瞭に独断的なものである。従って個性を異にするわれわれの感覚的享受もまた、各個の感性的直感の相違によりてなお一段と独断的なものである。それ故に文学上に於ける感覚・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・彼は高価な寝台の彫刻に腹を当てて、打ちひしがれた獅子のように腹這いながら、奇怪な哄笑を洩すのだ。「余はナポレオン・ボナパルトだ。余は何者をも恐れぬぞ、余はナポレオン・ボナパルトだ」 こうしてボナパルトの知られざる夜はいつも長く明けて・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・画面全体の効果から言えば、氏の幼稚な趣味が氏の技巧を全然裏切っていると言っていい。『慈悲光礼讃』という画題は、氏がこの画を描こうとした時の想念を現わすものかどうかは知らないが、もしこの種の企図を持ってこの画を描いたとすれば、そこにすでに破綻・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・ 偶像が破壊せられなくてはならないのは、それが象徴的の効用を失って硬化するゆえである。硬化すればそれはもう生命のない石に過ぎぬ。あるいは固定観念に過ぎぬ。けれどもこの硬化は、偶像そのものにおいて起こる現象ではなく、偶像を持つ者の心に起こ・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫