・・・が、時々往来のものの話などで、あの建札へこの頃は香花が手向けてあると云う噂を聞く事でもございますと、やはり気味の悪い一方では、一かど大手柄でも建てたような嬉しい気が致すのでございます。「その内に追い追い日数が経って、とうとう竜の天上する・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・淫売屋から出てくる自然主義者の顔と女郎屋から出てくる芸術至上主義者の顔とその表れている醜悪の表情に何らかの高下があるだろうか。すこし例は違うが、小説「放浪」に描かれたる肉霊合致の全我的活動なるものは、その論理と表象の方法が新しくなったほかに・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・普通は、本堂に、香華の花と、香の匂と明滅する処に、章魚胡坐で構えていて、おどかして言えば、海坊主の坐禅のごとし。……辻の地蔵尊の涎掛をはぎ合わせたような蒲団が敷いてある。ところを、大木魚の下に、ヒヤリと目に涼しい、薄色の、一目見て紛う方なき・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・七左 はあ、香花、お茶湯、御殊勝でえす。達者でござったらばなあ。村越 七左 おふくろどの、主がような後生の好人は、可厭でも極楽。……百味の飲食。蓮の台に居すくまっては、ここにもたれて可うない。ちと、腹ごなしに娑婆へ出て来て、嫁御・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・民子のためには真に千僧の供養にまさるあなたの香花、どうぞ政夫さん、よオくお参りをして下さい……今日は民子も定めて草葉の蔭で嬉しかろう……なあ此人にせめて一度でも、目をねむらない民子に……まアせめて一度でも逢わせてやりたかった……」 三人・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・行為の決定にあたって、ひとたびわれわれが生の実質的価値の高下の判断を混うるや否や、それは必ず懐疑に陥らざるを得ない。殺すは悪、恵むは善というような意欲の実質的価値判断を混うるならば、祖国のための戦いに加わるは悪か、怠け者の虚言者に恵むは善か・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・いわんやまた趣味には高下もあり優劣もあるから、優越の地に立ちたいという優勝慾も無論手伝うことであって、ここに茶事という孤独的でない会合的の興味ある事が存するにおいては、誰か茶讌を好まぬものがあろう。そしてまた誰か他人の所有に優るところの面白・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 同じように米相場や株式の高下の曲線を音に翻訳することもできなくはないはずである。 たとえば浅間温泉からながめた、日本アルプス連峰の横顔を「歌わせる」ことも可能である。人間の横顔の額からあごまでの曲線を連ねて「音」にして聞き分けるこ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・お熊は泣々箕輪の無縁寺に葬むり、小万はお梅を遣ッては、七日七日の香華を手向けさせた。 箕輪の無縁寺は日本堤の尽きようとする処から、右手に降りて、畠道を行く事一、二町の処にあった浄閑寺をいうのである。明治三十一、二年の頃、わたくしが掃・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・批評の条項についても諸人の合意でこれらの高下を定める事ができるかも知れぬ。崇高感を第一位に置くもよい。純美感を第一にするもよい。あるいは人間の機微に触れた内部の消息を伝えた作品を第一位に据えてもいい。あるいは平々淡々のうちに人を引き着ける垢・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
出典:青空文庫