・・・大きな西日が鋤をひっぱる馬の背とケシの花とを越えて静かに彼方の地平線に沈もうとする曠野に、耕作機械トラクターが響き出す。うねくる個人耕作の細い畦が消えて、そこに赤旗をかかげた農業機械ステーションを中心とする集団農場が現われた。 重工業の・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ だから主観的な私の心持の複雑な交錯にかかわらず、生理的な条件はよくなっていること確かです。きょうの手紙は永く書いても同じ。これでおしまい。 十月十四日夜 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 長野県上林温泉より〕 このエハガキに描かれて・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・彼女という一つのゆたかな輪の上にマークという輪、ブレークという輪が交錯し合ったけれども、二つの環が完全に重なり合ってしまうということはなかった。男は、自分一人で彼女のすべてを充しきり独占してしまえないことが判ると、堪えがたく焦燥して彼女から・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・二の慣用語として、主体性を云い、人民的民主主義の方向を抹殺して、個人を云い自我を云いたてた人々は、現在、その人々の目にもあきらかなように、反動的農民組合の分派が、自分たちを主体派とよび、労働組合の分裂工作が民主化同盟とよばれていることについ・・・ 宮本百合子 「小林多喜二の今日における意義」
・・・決して反復されることない個人の全生涯の運命と歴史の運命とは、ここに於て無限の複雑さ、真実さをもって交錯しあっているのである。 ジイドが、彼の才能と称され、又誤って評価された観念性によって新しい一つの社会を偶像化して空想したことは彼の自由・・・ 宮本百合子 「こわれた鏡」
・・・ 世相的、風俗的作品として、あれこれの小説が時代のただの反射として書かれていたとき、藤村は水面の波としてあらわれるそれ等の現象の底まで身を沈めて、日本のその時代を一貫する流のなかにあった寒流・暖流の交錯の悲劇にまでふれようと試みたのであっ・・・ 宮本百合子 「作家と時代意識」
・・・が、一つの悲しみ、一つのよろこび、あるいは憧憬を、独自であって普遍な精神的収穫としてゆくために、わたしたちの眼は、錯雑する現実にくい入って、交錯した諸関係、その影響しあう利害、心理の明暗を抉出したいと欲する。芸術は、ますます生きつつあること・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・自然と人間との感情の交錯を、人間の主観の立場に立って観察したわかり易い一例であると思う。 古人がすでにその風流の途上で看破している自然と人間の主観との以上のような交流は、特に日本古典文学の領域の中でおびただしい表現をもっているのである。・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・それにつられて御丁寧にも金権政治工作に毎日を買いわたしてしまっているのは、ほかならぬ購読者なのであるから。 こんにち、ジャーナリズムの功罪は、ひとごとでなくなった。どうせジャーナリズムはますます大資本の独占的企業になりつつあるのだから、・・・ 宮本百合子 「ジャーナリズムの航路」
・・・或る種の眼には実にわがもの顔に文学の領域を踏みあらしていたと思われる左翼の文学が、今やそのような形で自身への哀歌を奏している姿は、一種云うに云えない交錯した感覚であったろう。 転向文学と云われた作品はそれぞれの型の血液を流したが、それは・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫