・・・少なくも仮りに私が机の上で例えば大根の栽培法に関する書物を五、六冊も読んで来客に講釈するか、あるいは神田へ行って労働問題に関する書物を十冊も買い込んで来て、それについて論文でも書くとすればどうだろう。つまりはヘレン・ケラーが雪景色を描き、秋・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・ 公爵のシャトーの中のかび臭い陰気な雰囲気を描くためにいろいろな道具が使われているうちに、姫君の伯母三人のオールドミスが姫君の病気平癒を祈る場面がある。それが巫女の魔法を修する光景に形どって映写されているようであるが、ここの伴奏がこれに・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・シューというのはフランス語でキャベツのことだとS君が当時フランス語の独修をしていた自分に講釈をして聞かせた。 運命の神様はこの年から三十余年後の今日までずっと自分を東京に定住させることにきめてしまった。明治四十二年から四年へかけて西洋へ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ そもそも私に向って、母親と乳母とが話す桃太郎や花咲爺の物語の外に、最初のロマンチズムを伝えてくれたものは、この大黒様の縁日に欠かさず出て来たカラクリの見世物と辻講釈の爺さんとであった。 二人は何処から出て来るのか無論私は知らない。・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・唖々子は時々長い頤をしゃくりながら、空腹に五、六杯引掛けたので、忽ち微醺を催した様子で、「女の文学者のやる演説なんぞ、わざわざ聴きに行かないでも大抵様子はわかっているじゃないか。講釈師見て来たような虚言をつき。そこが芸術の芸術たる所以だろう・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・広小路に福本亭という講釈場のあった事や、浅草橋手前に以呂波という牛肉屋のあった事などもきいて見たが、それもよく覚えていないようであった。日露戦争の頃に生れた娘には、その生れた町のはなしでも僕の言うことは少し時代が古過ぎたのであろう。現在はど・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・何か月並のような講釈をしてすみませんが、人間活力の発現上積極的と云う言葉を用いますと、勢力の消耗を意味する事になる。またもう一つの方はこれとは反対に勢力の消耗をできるだけ防ごうとする活動なり工夫なりだから前のに対して消極的と申したのでありま・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・って顧盻勇を示す一段になるとおあつらえ通りに参らない、いざという間際でずどんと落ること妙なり、自転車は逆立も何もせず至極落ちつきはらったものだが乗客だけはまさに鞍壺にたまらずずんでん堂とこける、かつて講釈師に聞た通りを目のあたり自ら実行する・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・これも宜しいと答えると、是非御買いなさいと念を押す代りに、鳥籠の講釈を始めた。その講釈はだいぶ込み入ったものであったが、気の毒な事に、みんな忘れてしまった。ただ好いのは二十円ぐらいすると云う段になって、急にそんな高価のでなくっても善かろうと・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・沙翁はクラレンス公爵の塔中で殺さるる場を写すには正筆を用い、王子を絞殺する模様をあらわすには仄筆を使って、刺客の語を藉り裏面からその様子を描出している。かつてこの劇を読んだとき、そこを大に面白く感じた事があるから、今その趣向をそのまま用いて・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
出典:青空文庫