・・・ ダンテの神曲が、後代の卑俗な研究家によって地獄、煉獄、天国の地図をつくられているのにならって、小樽市の現実的な地図などを小説の間に插入している作者の人をくった態度は、唾棄すべきである。或は、小林秀雄氏の所謂「象徴的価値」としての文学的・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・このように錯雑した現実の中にある現代の文学としては、云ってみれば、文学と歴史とのことが今日において一般の関心をひきながらも、続々傑出した歴史文学を生み出して行き得ないでいる社会と文学の生理そのものが、後代に向って一つの歴史的事実を訴えるもの・・・ 宮本百合子 「歴史と文学」
・・・天照大神という名は、後代の支配者たちが政治的に利用して、宗教的崇拝の中心に置いたが、現実に歴史をさぐれば、天照大神は古代日本の社会において、一人の女酋長であった。日本の石器時代の氏族社会は、まだ総ての生産手段とその収穫とを共有していた時代で・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ それから二人は今の牛ヶ淵あたりから半蔵の壕あたりを南に向ッて歩いて行ったが、そのころはまだ、この辺は一面の高台で、はるかに野原を見通せるところから二人の話も大抵四方の景色から起ッている。年を取ッた武者は北東に見えるかたそぎを指さして若・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ 北方の高台には広々とした貴族の邸宅が並んでいた。そこでは最も風と光りが自由に出入を赦された。時には顕官や淑女がその邸宅の石門に与える自身の重力を考えながら自働車を駈け込ませた。時には華やかな踊子達が花束のように詰め込まれて贈られた。時・・・ 横光利一 「街の底」
・・・ただ一つ覚えているのは、市電で本牧へ行く途中、トンネルをぬけてしばらく行ったあたりで、高台の中腹にきれいな紅葉に取り巻かれた住宅が点在するのをながめて、漱石が「ああ、ああいうところに住んでみたいな」と言ったことである。 三渓園の原邸では・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫