・・・けれども須利耶さまはお叱りなさいませんでした。ご自分の袖で童子の頭をつつむようにして、馬市を通りすぎてから河岸の青い草の上に童子を座らせて杏の実を出しておやりになりながら、しずかにおたずねなさいました。(お前はさっきどうして泣(だっ・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・雪童子がはねあがるようにして叱りましたら、いままで雪にくっきり落ちていた雪童子の影法師は、ぎらっと白いひかりに変り、狼どもは耳をたてて一さんに戻ってきました。「アンドロメダ、 あぜみの花がもう咲くぞ、 おまえのラムプのアルコホル・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・子供の居ない家に欠けて居た旺盛な活動慾、清らかな悪戯、叱り乍ら笑わずに居られない無邪気な愛嬌が、いきなり拾われて来た一匹の仔犬によって、四辺一杯にふりまかれたのだ。 私は少しぬかる泥もいとわず、彼方にかけ、此方に走りして仔犬を遊ばせた。・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・賛会の国民生活指導部長喜多氏は、十三日の朝日新聞へ、国民的訓練の欠如、健全な娯楽の指導の必要としてこの事件を観察し、そこに学生の多かったことは特別反省すべきことだと、「昨夜もあすこへ行って学生を呼んで叱りとばしたが今の時代、学生は娯楽などと・・・ 宮本百合子 「「健やかさ」とは」
・・・ 握ったスープ匙を頭の上でふりまわして、叱られた。叱りながら、父さんも、母さんも、ミーチャがそういう人間になれることを疑わないようだった。 ――見な! これが本当のプロレタリアート文化の進歩ってもんだ。俺は職工だ。工場でアルミニュー・・・ 宮本百合子 「楽しいソヴェトの子供」
・・・ そうするともう真暗になってしまう彼女は、訳も分らず叱りつけ、怒鳴りつけ、擲り散らす。 けれども、すぐ旋風が過ぎてしまうと、後には子供達に顔を見られるのも堪らないような気恥かしさが残るので、彼女は照れ隠しにわざとどこかへ喋りに飛び出・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・この男ほど精勤をするものはなく、万事に気がついて、手ぬかりがないから、叱ろうといっても叱りようがない。 弥一右衛門はほかの人の言いつけられてすることを、言いつけられずにする。ほかの人の申し上げてすることを申し上げずにする。しかしすること・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 男は鋭く切れた二皮目で、死んだ友達の一人娘の顔をちょいと見た。叱りはしないのである。 ただこれからは男のすばしこい箸が一層すばしこくなる。代りの生を鍋に運ぶ。運んでは反す。反しては食う。 しかし娘も黙って箸を動かす。驚の目は、・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・徳蔵おじがこんな噂をするのを聞でもしようもんなら、いつも叱り止るので、僕なんかは聞ても聞流しにしちまって人に話した事もありません。徳蔵おじは大層な主人おもいで格別奥さまを敬愛している様子でしたが、度々林の中でお目通りをしてる処を木の影から見・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・と叫ぶものは過激だとお叱りを蒙る。「不徳の人間を社会より放逐せよ」と言うと僭越だとてお目玉を頂戴する。「すべての不正を打破して社会を原始の純粋に返せ」と叫ぶ者は狂人をもって目せらる。姑息なる思想! 安逸に耽る教育者! 見よ汝が造れる人の世は・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫