・・・しかし、まだ、これを子細に視察してきたものがない。だれかを、人間のたくさん住んでいる街へやって、検べさせてみたいものだ。そして、よくよく人間が、不埓であったら、そのときは、復讐しよう……そうでないか?」と、ひのきの木はいいました。二・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・ そんなに仔細に観察されていたのかと、私は腋の下が冷たくなった。 女は暫らく私を見凝めるともなく、想いにふけるともなく捕えがたい視線をじっと釘づけにしていたが、やがていきなり歪んだ唇を痙攣させたかと思うと、「私の従兄弟が丁度お宅・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ で、自分はまた、手文庫の底からその手紙を取りだして、仔細に読んでみた。 刑務所の書信用紙というのは赤刷りの細かい罫紙で、後の注意という下の欄には――手紙ノ発受ハ親類ノ者ニノミコレヲ許スソノ度数ハ二カ月ゴトニ一回トス賞表ヲ有スル在所・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・この蒼白き、仔細らしき、あやしき男はそもそも何者ぞ。光代の振舞いのなお心得ぬ。あるいは、とばかり疑いしが、色にも見せずあくまで快げに装いぬ。傲然として鼻の先にあしらうごとき綱雄の仕打ちには、幾たびか心を傷つけられながらも、人慣れたる身はさり・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・何か仔細がありそうだった。「どうしたんですか?」「君の家の方へ帰って見ればすぐ分るそうだが……。」杜氏は人のいゝ笑いを浮べて、「親方は別に説明してやることはいらんと怒りよったが、なんでも、地子のことでごた/\しとるらしいぜ。」「・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・お前が家へ来てからももうかれこれ十五六年になるが、おれが酒さえ飲むといえばどんな時でも必らずあの猪口で飲むでいたが、談すには及ばないことだからこの仔細は談しもしなかった。この談は汝さえ知らないのだもの誰が知っていよう、ただ太郎坊ばかりが、太・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・漫然と遠くからこれをのぞめば、まことに意味ありげであるが、近づいて仔細にこれを見れば、なんでもないのである。 わたくしは、かならずしもしいて死を急ぐ者ではない。生きられるだけは生きて、内には生をたのしみ、生を味わい、外には世益をはかるの・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ D 雨降る日、美濃は書斎で書きものをしていた。仔細らしく顔をしかめて、書きものをしていた。 あそび仲間の詩人が、ひょっくりドアから首を出した。「おい、何か悪い事をしに行こうか。も少し後悔してみたい。」・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ 一種の遠いかすかなるとどろき、仔細に聞けばなるほど砲声だ。例の厭な音が頭上を飛ぶのだ。歩兵隊がその間を縫って進撃するのだ。血汐が流れるのだ。こう思った渠は一種の恐怖と憧憬とを覚えた。戦友は戦っている。日本帝国のために血汐を流している。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・そうしてその燃えがらをつまみ上げ、子細らしい手つきで巻き紙を引きやぶって中味の煙草を引き出したと思うといきなりそれを口中へ運んだ。まさかと思ったがやはりその煙草を味わっているのである。別にうまそうでもないが、しかしまたあわてて吐き出すのでも・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
出典:青空文庫