・・・ 人間処世の権理に公私の区別ありて、先ず私権を全うして然る後、公権の談に及ぶべしとの次第は、かつて『時事新報』の紙上にも記したることなるが、そもそもこの私権の思想の発生する事情は種々様々なれども、最第一の原因は、本人の自ら信じ自ら重んず・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ すでに他人の忠勇を嘉みするときは、同時に自から省みて聊か不愉快を感ずるもまた人生の至情に免かるべからざるところなれば、その心事を推察するに、時としては目下の富貴に安んじて安楽豪奢余念なき折柄、また時としては旧時の惨状を懐うて慙愧の念を・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ すべてこれ人間の私情に生じたることにして天然の公道にあらずといえども、開闢以来今日に至るまで世界中の事相を観るに、各種の人民相分れて一群を成し、その一群中に言語文字を共にし、歴史口碑を共にし、婚姻相通じ、交際相親しみ、飲食衣服の物、す・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・新言語を用い新趣向を求めたる彼の卓見は歌学史上特筆して後に伝えざるべからず。彼は歌人として実朝以後ただ一人なり。真淵、景樹、諸平、文雄輩に比すれば彼は鶏群の孤鶴なり。歌人として彼を賞賛するに千言万語を費すとも過賛にはあらざるべし。しかれども・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・例えば伽羅くさき人の仮寝や朧月女倶して内裏拝まん朧月薬盗む女やはある朧月河内路や東風吹き送る巫が袖片町にさらさ染るや春の風春水や四条五条の橋の下梅散るや螺鈿こぼるゝ卓の上玉人の座右に開く椿かな梨の花月・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 芭蕉が創造の功は俳諧史上特筆すべきものたること論を竢たず。この点において何人かよくこれに凌駕せん。芭蕉の俳句は変化多きところにおいて、雄渾なるところにおいて、高雅なるところにおいて、俳句界中第一流の人たるを得。この俳句はその創業の功よ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・れほど、前から、たとえ主観的なものであるにもしろ政治家としてのトルーマンの確信がはっきりわかっていたのなら、日本の公器であるはずの日本の新聞が、どうして公平に記事を選ばず、デューイ当選を、まるで既定の至上事実のようにわたしたちに宣伝しなけれ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・この必要を認め、女のそういう奮起、たくましさをよみすればこそ、良人の代りに絣のパッチ・ゴム長姿で市場への買い出しから得意まわりまでをする魚屋のおかみさんの生活力が、今日の美談となり得ているのではあるまいか。 若い女のひとたちに向って、家・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・そして、まごころをもって芸術を愛し、人間の創造力に価値を見出すものであるなら、謂わば芸術至上の現実的過程としてさえも、ブルジョア社会の文学は自身の発展のために社会主義への方向をとるしかないことを確信するようになった。 ロシアの革命の歴史・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・出版企業は、作家を原料加工業、読者を市場としてみるにすぎない。営利出版は、本質がそうである。将来にわたる文化の沃土として作家や読者大衆をみない。この条件は、作家をわる巧者にして、自分にとっても曖昧な「文学性」の上に外見高くとまりつつ稼ぎつづ・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
出典:青空文庫