・・・先日はじめてお目にかかった時から、そう思っていたのですが、御士族でいらっしゃるのではございませんか?」「おそれいります。会津の藩士でございます。」「剣術なども、お幼い頃から?」「いいえ、」上の姉さんは静かに笑って、私にビイルをす・・・ 太宰治 「佳日」
・・・私を見て、おう、いい奥さんだ、お武家そだちらしいぞ、と冗談をおっしゃったら、あなたは真面目に、はあ、これの母が士族でして、などといかにも誇らしげに申しますので、私は冷汗を流しました。母が、なんで士族なものですか。父も、母も、ねっからの平民で・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・「わかってるよ。」佐伯は、ひどく赤面しながらも、口だけは達者である。「そんな事を言ってると、君の顔は、まるで、昔のさむらいみたいに見えるね。明治時代だ。古くさいな。」「士族のお生まれではないでしょうか。」熊本君は、また変な意見を、お・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・そこで邸では幾度となく秘密の親族会議が開かれた。弁護士や、ポルジイと金銭上の取引をしたもの共が、参考に呼び出される。プラハとウィインとの間を、幾人かの尼君達が旅行せられる。実際鉄道庁で、この線路の列車の往復を一時増加しようかと評議をした位で・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 石島君は忙しい身であるにかかわらず、私にいろいろな事を示してくれた。士族屋敷にも行けば、かれの住んでいた家の址にもつれていってくれた。 で、その足で、熊谷町まで車を飛ばした。例の用水に添った描写は、この時に写生したものである。それ・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ 僕の大きくなった士族町からは昔の城跡が近かった。不明門という処があった。昔、其処に閉じたままの城門があったので、それで名に呼ばれて居るのであるが、其頃は門などはもうなく、石垣の間からトカゲがその体を日に光らせて居た。濠の土手に淡竹の藪・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・ 昔の下級士族の家庭婦人は糸車を回し手機を織ることを少しも恥ずかしい賤業とは思わないで、つつましい誇りとしあるいはむしろ最大の楽しみとしていたものらしい。ピクニックよりもダンスよりも、婦人何々会で駆け回るよりもこのほうがはるかに身にしみ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・ この表中にヨーロッパやアメリカなどの火山が出て来るのを見て笑う人もあろうと思うが、しかし南洋語と欧州語との間の親族関係がかなり明らかにされている今日、日本だけが特別な箱入りの国土と考えるのはあまりにおかしい考えである。これについてはど・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
昭和七年四月九日工学博士末広恭二君の死によって我国の学界は容易に補給し難い大きな損失を受けた。 末広君の家は旧宇和島藩の士族で、父の名は重恭、鉄腸と号し、明治初年の志士であり政客であり同時に文筆をもって世に知られた人で・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・さらにその子供を使嗾して親爺の金を持ち出させた親ざるはやはり一種の搾取者である。 桃太郎が鬼が島を征服するのがいけなければ、東海の仙境蓬莱の島を、鎚と鎌との旗じるしで征服してしまおうとする赤い桃太郎もやはりいけないであろう。 こんな・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
出典:青空文庫