・・・おとといのような泥濘になると、おそろしく泥の飛沫をはじきとばす。櫛比した宿屋と宿屋との軒のあわいを、乗合自動車がすれすれに通るのであるから、太い木綿縞のドテラの上に小さい丸髷の後姿で、横から見ると、ドテラになってもなおその襟に大輪の黄菊をつ・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・其時人々の前には、眼界遙かに穏やかな入海と、櫛比した町々の屋根が展開される。 今籠町の黄檗宗崇福寺へ行って、唐門前の石欄から始めて夕暮の市を俯瞰した時、その心理的効果がはっきり感じられて面白かった。 崇福寺は由緒も深く、建築も特別保・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・左手に、高くすっきり櫓形に石をたたみ上げた慈海燈を前景とし、雨空の下にぼんやり遠く教会堂の尖塔が望まれる。櫛比した人家の屋根の波を踰え、鈍く光りつつ横わっている港の展望、福済寺は、長崎港の一番奥、東北よりの丘陵の上に位している。埋立地もなか・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ニューヨークのあの摩天楼の櫛比した上に巨大な破壊力がおちかかる時の光景を想像すれば、どんな蒙昧な市民も、それが、ノア洪水より、惨な潰滅の姿であることを理解するだろう。もし、アメリカの市民感情に戦争挑発にのせられる何かの可能があるとすれば、そ・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
出典:青空文庫