・・・ただ静にして居ったばかりでは単に無聊に苦しむというよりも、むしろ厭やな事などを考え出して終日不愉快な事を醸すようになる。それが困るので甚だ我儘な遣り方ではあるが、左千夫、碧梧桐、虚子、鼠骨などいう人を急がしい中から煩わして一日代りに介抱に来・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・時に小禽、既に終日日光に浴し、歌唄跳躍して疲労をなし、唯唯甘美の睡眠中にあり。汝等飛躍してこれを握む。利爪深くその身に入り、諸の小禽、痛苦又声を発するなし。則ちこれを裂きて擅にたんじきす。或は沼田に至り、螺蛤を啄む。螺蛤軟泥中にあり、心柔に・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ 七十と七十六になった老婆は、暫く黙って、秋日に照る松叢を見ていた。 沢や婆が帰る時、植村の婆さんは、五十銭やった。「其辺さ俺も出て見べ」 二人は並んで半町ばかり歩いた。〔一九二六年六月〕・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ ほとんど終日、アムール河の上流シグハ川に沿うて走る。雪、深し。灌木地帯で、常磐木は見えない。山がある。民家はシベリアとは違い薄い板屋根だ。どの家も、まわりに牧柵をゆって、牛、馬、豚、山羊などを飼っている。家も低い、牧柵もひくい。そして・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・どちらにしても、土曜の晩は心置きなく悠くり愉しむ時として、忙しい週日の中から取除にされています。日曜は十一時頃から教会に行き、昼餐は料理店ですませて市外の公園にゴルフをしに行ったり夫婦で夕暮まで郊外の野道を植物採集に逍遙する。 家に帰っ・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・試験管を焔の上で熱する図などが活々としたフリーハンドで插入されていて、計らずも今日秋日のさす埃だらけの廊下の隅でそれを開いて眺めている娘の目には、却ってその絵の描かれている線の生気に充ちた特徴の方が、文字よりも親しく晩年の父の姿や動きを髣髴・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・』 終日かれは自分の今度の災難一件を語った。かれは途ゆく人を呼び止めて話した、居酒屋へ行っては酒をのむ人にまで話した。次の日曜日、人々が会堂から出かける所を見ては話した。かれはこの一件を話すがために知らぬ人を呼び止めたほどであった。今は・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ 殆ど毎日逢って、時としては終日一しょにいることさえあるので、F君と私との話はドイツ語の事や哲学の事には限らぬようになった。或る日私は君にこう云う事を言った。私はこの土地で役をしていて多くの人に知られている。その人達がもうF君をも知って・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・花壇の花は終日濛々として曇って来た。煙は花壇の上から蠅を追い散らした勢力よりも、更に数倍の力をもって、直接腐った肺臓を攻撃した。患者たちは咳き始めた。彼らの一回の咳は、一日の静養を掠奪する。病舎は硝子戸で金網の外から密閉された。部屋には炭酸・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫