・・・親しい間柄と云いながら、今晩わざわざ請待した客の手前がある。どうぞこの席はこれでお立下されい」と云った。 下島は面色が変った。「そうか。返れと云うなら返る。」こう言い放って立ちしなに、下島は自分の前に据えてあった膳を蹴返した。「これ・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・そんな事を考えながら、格別今女の子のこわがった物の正体を確めたいと云う熱心もなく、垣のとぎれた所から、ちょっと横に這入って見た。 そこには少し引っ込んだ所に、不断は植木鉢や箒でも入れてありそうな、小さい物置があった。もう物蔭は少し薄暗く・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・同一の人が同一の場所へ請待した客でありながら、乗合馬車や渡船の中で落ち合った人と同じで、一人一人の間になんの共通点もない。ここかしこで互に何か言うのは、時候の挨拶位に過ぎない。ぜんまいの戻った時計を振ると、セコンドがちょっと動き出して、すぐ・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・ そこでこの懇親会の輪番幹事の一人たる畑が、秋水を請待して、同郷の青年を警醒しようとしたのだと云うことは、問うことを須いない。 暫くして畑の後輩で、やはり幹事に当っている男が、我々を余興の席へ案内した。宴会のプログラムの最初に置かれ・・・ 森鴎外 「余興」
・・・手紙を拾った翌日あなたの御亭主の正体が分かる。あなたのうそが分かる。そこでわたくしは無駄骨を折らなくてもいい事になる。あんな御亭主に比べて見れば、わたくしは鬚ぐらい剃らずにいたって、十割も男が好いわけですからね。そこでわたくしは段々身だしな・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・ 三渓園の原邸では、招待して待ち受けてでもいたかのように、款待をうけた。漱石としては初めて逢う人ばかりであったが、まことに穏やかな、何のきしみをも感じさせない応対ぶりで、そばで見ていても気持ちがよかった。世慣れた人のようによけいなお世辞・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫