・・・もっともわざと焦点をはずした場合のように全部が均等に調和的にぼやけたのならば別であるが、明確なものと曖昧なものとが雑然と不調和に同居しているところに破綻があり不快がある。このような失敗はほとんど日本の時代物の映画に限って現われる特異現象であ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・今考えてみると光学上の初歩の知識さえ皆無であり、それに使ったレンズがきわめて粗悪なものであるのみならず、焦点距離が長いのに、原画をあまり近く置きすぎたために鮮明な映像を得られなかったのは当然である。それでもこの失敗した試みが自分の理学的知識・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・古来多くの科学者がこのために迫害や愚弄の焦点となったと同様に、芸術家がそのために悲惨な境界に沈淪せぬまでも、世間の反感を買うた例は少なくあるまい。このような科学者と芸術家とが相会うて肝胆相照らすべき機会があったら、二人はおそらく会心の握手を・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・学位記というものは、云わば商売志願の若者が三年か五年の間ある商店で実務の習練を無事に勤め上げたという考査状と同等なものに過ぎない。学者の仕事は、それに終るのではなくて、実はそれから始まるのである。学位を取った日から勉強をやめてしまうような現・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・すなわち甲にとってはAとBとの二人の顔の中で、例えば眼だけが注意の焦点となるのに、乙には眼はそんなに問題にならないで口許が特に大切な特徴となって印象される、という場合がそれである。しかしまたこういうこともあり得る。すなわち甲はAの眼を少し大・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・それが丁度レンズの焦点を合せるように、だんだんにはっきりして来るのであった。 そういう心持を懐いて、もう一度がらんとした寒い廊下と階段を上がって、そうしてようやく目的の関門を通過して傍聴席の入口を這入った。 這入った処は薄暗い桟敷の・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・毘沙門かなんかの縁日にはI商店の格子戸の前に夜店が並んだ。帳場で番頭や手代や、それからむすこのSちゃんといっしょに寄り集まっていろいろの遊戯や話をした。年の若い店員の間には文学熱が盛んで当時ほとんど唯一であったかと思われる青年文学雑誌「文庫・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・望遠鏡の焦点面に平行に張られた五本の蜘蛛の糸を横ぎって進行する星の光像を目で追跡すると同時に耳でクロノメーターの刻音を数える。そうして星がちょうど糸を通過する瞬間を頭の中の時のテープに突き止めるのであるが、まだよく慣れないうちは、あれあれと・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・そしてはなはだ冷淡でそっけない伯父さんとして、いつもながら不利な批評の焦点になっていたが、もうそれも過去になって、彼もまたもとの大きな子猫になってしまった。子猫に対して見るといかにも分別のある母親らしく見えていた三毛ですらも、やはりそうであ・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・傍で聞いている小店員の中には顔を見合せてニヤニヤ笑っているのもあった。おそらくこれらの店の人にとって、今頃石油ランプの事などを顧客に聞かれるのは、とうの昔に死んだ祖父の事を、戸籍調べの巡査に聞かれるような気でもする事だろう。 ある店屋の・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
出典:青空文庫