・・・おげんは冷たい水に手を浸して、じゃぶじゃぶとかき廻していた。 看護婦は驚いたように来て見て、大急ぎで水道の栓を止めた。「小山さん、そんな水いじりをなすっちゃ、いけませんよ。御覧なさいな、お悪戯をなさるものだから、あなたの手は皸だらけ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・とやはり大声で答えて、それから、またじゃぶじゃぶ洗濯をつづけ、「酒好きの人は、酒屋の前を通ると、ぞっとするほど、いやな気がするもんでしょう? あれと同じじゃ。」と普通の声で言って、笑って居るらしく、少しいかっている肩がひくひく動いて居ま・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・お湯をじゃぶじゃぶ掻きまわして、子供の振りをしてみても、なんとなく気が重い。これからさき、生きてゆく理由が無いような気がして来て、くるしくなる。庭の向こうの原っぱで、おねえちゃん! と、半分泣きかけて呼ぶ他所の子供の声に、はっと胸を突かれた・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・それから急いで池の岸へ駆けて行って、頭へじゃぶじゃぶ水をかけたまでは覚えていたが、それからあとしばらくの間の記憶が全然空白になってしまった。そうして、今度再び自覚を回復したときは、学校の授業を受けおおせて、いつものように書物のふろしき包みと・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・もういっそう悲惨なのは田んぼ道のそばの小みぞの中をじゃぶじゃぶ歩きながら枯れ木のような足に吸いついた蛭を取っては小さなもめんの袋へ入れているそういうばあさんであった。こうして採集した蛭を売って二銭三銭の生活費をかせいでいたのである。思い出す・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・しかし近年は裏の藤棚の下の井戸水を頭へじゃぶじゃぶかけるだけで納涼の目的を達するという簡便法を採用するようになった。年寄りの冷や水も夏は涼しい。 われわれ日本人のいわゆる「涼しさ」はどうも日本の特産物ではないかという気がする。シナのよう・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・ 佐太郎が大威張りで、上流の瀬に行って笊をじゃぶじゃぶ水で洗いました。 みんなしいんとして、水をみつめて立っていました。 三郎は水を見ないで向こうの雲の峰の上を通る黒い鳥を見ていました。一郎も河原にすわって石をこちこちたたいてい・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
出典:青空文庫