・・・僕は少年心に少し薄気味悪く思ったが、松の下に近づいて見ると角のない奴のさまで大きくない鹿で、股に銃丸を受けていた。僕は気の毒に思った、その柔和な顔つきのまだ生き生きしたところを見て、無残にも四足を縛られたまま松の枝から倒さに下がっているとこ・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・竪二十間、横十八間、高さ十五間、壁の厚さ一丈五尺、四方に角楼が聳えて所々にはノーマン時代の銃眼さえ見える。千三百九十九年国民が三十三カ条の非を挙げてリチャード二世に譲位をせまったのはこの塔中である。僧侶、貴族、武士、法士の前に立って彼が天下・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・十五年二月廿二日御当家御攻口にて、御幟を一番に入れ候時、銃丸左の股に中り、ようよう引き取り候。その時某四十五歳に候。手創平癒候て後、某は十六年に江戸詰仰つけられ候。 寛永十八年妙解院殿存じ寄らざる御病気にて、御父上に先立、御卒去遊ばされ・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
出典:青空文庫