・・・また書き方が如何にも整然としていて、粗雑な点が少しもない。」「優れた科学者のうちに、一つの問題に対する『最初の言葉』を云う人と、『最後の言葉』を述べる人とあったとしたら、レーリーは多分後者に属したかもしれない。」 しかし彼はまたかなり多・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・今わたくしがこれに倣って、死後に葬式も墓碣もいらないと言ったなら、生前自ら誇って学者となしていたと、誤解せられるかも知れない。それ故わたくしは先哲の異例に倣うとは言わない。唯死んでも葬式と墓とは無用だと言っておこう。 自動車の使用が盛に・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ わたくしの父は、生前文部省の役人で一時帝国大学にも関係があったので、わたくしは少年の頃から学閥の忌むべき事や、学派の軋轢の恐るべき事などを小耳に聞いて知っていた。しかしこれは勿論わたくしが三田を去った直接の原因ではない。わたくしの友人・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・カーライルの歿後は有志家の発起で彼の生前使用したる器物調度図書典籍を蒐めてこれを各室に按排し好事のものにはいつでも縦覧せしむる便宜さえ謀られた。 文学者でチェルシーに縁故のあるものを挙げると昔しはトマス・モア、下ってスモレット、なお下っ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・白い旗が、ヒラヒラと、彼の生前を思わせる応援旗のようにはためいた。 安岡は、そのことがあってのちますます淋しさを感ずるようになった。部屋が広すぎた。松が忍び足のように鳴った。国分寺の鐘が陰にこもって聞こえてくるようになった。 こうい・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・されども不良の子に窘しめらるるの苦痛は、地獄の呵嘖よりも苦しくして、然も生前現在の身を以てこの呵嘖に当たらざるを得ず。余輩敢えて人の信心を妨ぐるにはあらざれども、それ程にまで深謀遠慮あらば、今少しくその謀を浅くしその慮を近くして、目前の子供・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・蕪村歿後に出版せられたる書を見るに、蕪村画名の生前において世に伝わらざりしは俳名の高かりしがために圧せられたるならんと言えり。これによれば彼が生存せし間は俳名の画名を圧したらんかとも思わるれど、その歿後今日に至るまでは画名かえって俳名を圧し・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・僕も生前に経験がある。死んだ友達の墓へ一度参ったきりでその後参ろう参ろうと思って居ながらとうとう出来ないでしまった。僕は地下から諸君の万歳を祈って居る。…………今日は誰も来ないと思ったら、イヤ素的な奴が来た。蘭麝の薫りただならぬという代物、・・・ 正岡子規 「墓」
・・・大阪、京都などのような都会は、違った文化が見られて悪るくはないと思いますが、旅として見て、東海道あたりの海が見え、松があるといった美しいだけで、唯長々と眠につづいている整然とした風景よりも、変化のある北の方が好ましいと思います。 旅行で・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・建物も整然、子供らも整然。整然。すべてこれ優等児製造はかくの如き文化性から生み出されるかという印象を与える雰囲気、画面の所謂芸術写真風な印画美であるが、私たち数人の観衆はこの文化映画として紹介されているもののつめたさに対して何か人間としての・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
出典:青空文庫