・・・然るに現今幾百を数える知名の画家殊に日本画家中で少なくも真剣にこういう努力をしている人が何人あるかという事は、考えてみると甚だ心細いような気がする。それで津田君のこの点に対する努力の結果が既にどこまで進んでいるかは別問題としても、そういう態・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・と称するものの有機的結合が進化し、その内部機構の分化が著しく進展して来たために、その有機系のある一部の損害が系全体に対してはなはだしく有害な影響を及ぼす可能性が多くなり、時には一小部分の傷害が全系統に致命的となりうる恐れがあるようになったと・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
地名には意味の分らないのが多い。これはむしろ当然の事である。地名は保存されつつ永い年代の間に転訛する、一方で吾々の通用語はまたこれと別の経路を取って変遷するからである。こういう訳であるから地名の研究が民族の過去の歴史を研究する上に重要・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・手に取って見るとそれは知名の某俳人の句集であったが、その青年のいうところによると、その俳人がこの人のためにもし何かのたしになるならと言って若干冊だけ恵与されたものだそうである。しかしそれをどうすればよいのかわからなかったので、はなはだ露骨で・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・、ならびにこれに連関して問題となるべき陸地の昇降、地震、火山現象等を追究するに当たって、しばしば古い過去における水陸分布の状態と現在のそれとの異同が問題となり、その一つの参考資料としていろいろな土地の地名の意義が引き合いに出る場合がある。そ・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・これに反して驚くべく大きな見出しで出ているものの内で、知名の人の死に関する詳細な記事とか、外国から来た貴賓の動静とかはまだいいとしたところで、それらよりももっと今の新聞の特色として目立っているものは、この世の中にありとあらゆる醜悪な「罪」に・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・イタリアの地名のようだと思った事があるからそのせいだか、あるいはこの符号のついた本を比較的に多く買ったためだか、とにかくこのアンカナの四字が丸善その物の象徴のように自分の脳髄のすみのほうに刻みつけられている。 昔の丸善の旧式なお店ふうの・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ 七 知名の人の葬式に出た。 荘厳な祭式の後に、色々な弔詞が読み上げられた。ある人は朗々と大きな声で面白いような抑揚をつけて読んだが、六かしい漢文だから意味はよく分らなかった。またある人は口の中でぼしゃぼ・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・しかしそれはいずれも三十前後の時の戯れで、当時の記憶も今は覚束なく、ここに識す地名にも誤謬がなければ幸である。 真間川の水は堤の下を低く流れて、弘法寺の岡の麓、手児奈の宮のあるあたりに至ると、数町にわたってその堤の上に桜の樹が列植されて・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・十年十五年と過ぎた今日になっても、自分は一度び竹屋橋場今戸の如き地名の発音を耳にしてさえ、忽然として現在を離れ、自分の生れた時代よりも更に遠い時代へと思いを馳するのである。 いかに自然主義がその理論を強いたにしても、自分だけには現在ある・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫