・・・二つはそのまま使えるしもう四つだけころがせばいい、まずおれは靴をぬごう。ゴム靴によごれた青の靴下か。〔一寸待って、今渡るようにしますから。〕この石は動かせるかな。流紋岩だかなりの比重だ。動くだろう。水の中だし、アルキメデス、水の中だし、・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・梟のお母さんと二人の兄弟とが穂吉のまわりに座って、穂吉のからだを支えるようにしていました。林中のふくろうは、今夜は一人も泣いてはいませんでしたが怒っていることはみんな、昨夜どころではありませんでした。「傷みはどうじゃ。いくらか薄らいだか・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・世界の平和の確保のうちにめいめいの家庭の平和の保障が存在することを実感する主婦の感情こそ、日本の未来を明るく支える文化の感覚である。権力を失うまいとするものが、どんなに卑しく膝をかがめて港々に出ばろうとも、着実真摯な男女市民の人生は、個人と・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 十円の金は十円の金で、どうでも使える。死金にもなり、悪銭にもなり、義捐金にもなれば、自殺の旅費にもなるのである。どっちみち一夕十円標準でやろうと名をつけているのが、文壇人の経済事情、生存感情の推移とその現代性を語っている。菊池寛、久米・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・そこでキュリー夫人は活動を開始して先ず大学の幾つかの研究室にある幾つかのX光線装置に、自分の分をも加えた目録を作り、続いてその製造者たちのところを一巡して、X光線の材料で使えるだけのものをことごとく集め、パリ地方のそれぞれの病院に配布される・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・楕円形の珠なりにぎざぎざした台の手が出ているのが、急に支える何ものも無くなった。それでもぎざぎざは頑固にぎざぎざしている。掴んでいるのは空だ。空っぽの囲りで、堅い金具が猶もそのような恰好をしているのを見るのは厭な気持であった。 それで自・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・人民の使える金は、「五人家族五百円標準」ときめて、金を銀行、郵便局へ封鎖し、生きるために欠くことの出来ない生活必需費を、グイ、グイとつり上げている。私たちが、自分たちの頸のまわりで繩が段々締って行くように感じるのが、間違っているだろうか。・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・福のために電車や電気アイロンにしてきたというお話がございましたが、そういう天然の力でさえも自分達は自分の幸福のために使うのですから、人間がこれまで生きて参りました歴史などは、もちろん私共の幸福のために使えるものでありますし、またいわば歴史そ・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・米、味噌、醤油のような生活必需物資の値段は、私たちが使えるお金に制限をうけてから、グッと三倍に上りました。勤めにゆくため、学校へゆくため、是非乗らなければならない省線、都電、バスなど、交通費もみんな三倍になりました。今の配給だけで、やって行・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
・・・名状し難い献身、堅忍、労作、巨大な客観的な見とおしとそれを支えるに足る人間情熱の総量の上に、徐々に推しすすめられて来ている。決して反復されることない個人の全生涯の運命と歴史の運命とは、ここに於て無限の複雑さ、真実さをもって交錯しあっているの・・・ 宮本百合子 「こわれた鏡」
出典:青空文庫