・・・もっと年とった方の先輩では、これは交友というのは失礼かもしれないけれど、お宅に上らせて頂いた方は佐藤先生と豊島与志雄先生です。そうして井伏さんにはとうとう現在の家内を媒酌して頂いた程、親しく願っております。 井伏さんといえば、初期の「夜・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・掏摸に金をすられた肥った年増の顔、その密告によって疑いの目を見張る刑事の典型的な探偵づら、それからポーラを取られた意趣返しの機会をねらう悪漢フレッド、そういう顔が順々に現われるだけでそれをながめる観客は今までに起こって来た事件の行きさつを一・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・見ると年増のほうの芸者であった。自分にはかまわず片すみの衣桁に掛かっている着物の袂をさぐって何か帯の間へはさんでいたが、不意に自分のほうをふり向いて「あちらへいらっしゃいね、坊ちゃん」と言った。そして自分のそばへ膝のふれるほどにすわって「オ・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・常磐津のうまい若い子や、腕達者な年増芸者などが、そこに現われた。表二階にも誰か一組客があって、芸者たちの出入りする姿が、簾戸ごしに見られた。お絹もそこへ来て、万事の話がはずんでいた。 道太がやや疲労を感じたころには、静かなこの廓にも太鼓・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・つ手拭の冠り方、襟付の小袖、肩から滑り落ちそうなお召の半纏、お召の前掛、しどけなく引掛に結んだ昼夜帯、凡て現代の道徳家をしては覚えず眉を顰めしめ、警察官をしては坐に嫌疑の眼を鋭くさせるような国貞振りの年増盛りが、まめまめしく台所に働いている・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・娼妓じみないでどこにか品格もあり、吉里には二三歳の年増である。「だッて、あんまりうるさいんだもの」「今晩もかい。よく来るじゃアないか」と、小万は小声で言ッて眉を皺せた。「察しておくれよ」と、吉里は戦慄しながら火鉢の前に蹲踞んだ。・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・マドレエヌは年増としてはまだ若い方だ。察するに今度のような突飛な事をしたのは、今に四十になると思ったからではあるまいか。夫が不実をしたのなんのと云う気の毒な一条は全然虚構であるかも知れない。そうでないにしても、夫がそんな事をしているのは、疾・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
1 明治三十二年二月十三日 東京市2 東京市豊島区目白三ノ三五七〇3 お茶の水4 文学の仕事は好きではじめました。私たちが夫々の時代に生きている、そのことのうちに書かせずにおかない何かが感じられているような工合で・・・ 宮本百合子 「「現代百婦人録」問合せに答えて」
・・・フランス文学者であり、アンティ・ファシストであり、アヴァンギャルドである豊島与志雄が、時代ばなれしたフロックコートの裾をひるがえし、シルクハットはなしで電車にのる描写から、すでにペソスがにじんでいる。行きついた場面では、すべての事のはこびが・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ 豊島日の出と云えば、小学校の子供が厭世自殺をしたことで一時世間の耳目をひいた町である。そこの、米の桶より空俵ばかりが目立つような米屋の店頭に、米の御注文は現金に願います、という大きい刷りものが貼り出された。 それは近日来のことであ・・・ 宮本百合子 「この初冬」
出典:青空文庫