・・・毎日新聞社は南風競わずして城を明渡さなくてはならなくなっても安い月給を甘んじて悪銭苦闘を続けて来た社員に一言の挨拶もなく解散するというは嚶鳴社以来の伝統の遺風からいっても許しがたい事だし、自分の物だからといって多年辛苦を侶にした社員をスッポ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
曠野と湿潤なき地とは楽しみ、沙漠は歓びて番紅のごとくに咲かん、盛に咲きて歓ばん、喜びかつ歌わん、レバノンの栄えはこれに与えられん、カルメルとシャロンの美しきとはこれに授けられん、彼らはエホバの栄を見ん、我・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・しかし、生き物を、こんなに、ぞんざいにするようでは、なに商売だって、栄えないのも無理はない。」と、こんなことを考えたのであります。 家に帰るとさっそく、木に水をやりました。また、わずかばかり残っていた、葉についているほこりを洗ってやりま・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
・・・ 道ばたでありますから、かや、はえがよくきて、その花の上や、また葉の上にもとまりました。花は、毎日、日暮れ方になると、ブンブンと鳴く、かの音を聞きました。またあるときは、はえの汚れた足で体をきたなくされることをいといました。しかし、それ・・・ 小川未明 「くもと草」
・・・ 階級闘争は必然であり、すべての人間的運動は、資本主義的文明の破壊からはじまる。もはや、それに疑いを容れることが出来ない。人間の権利は平等であるから、生活の平等のみが文明の目的であり、同時に精神であるから。前進一路、人類の目的を達せんと・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
高い山の、鳥しかゆかないような嶮しいがけに、一本のしんぱくがはえていました。その木は、そこで幾十年となく月日を過ごしたのであります。 人間のまれにしかゆかない山とはいいながら、その長い間には、幾多の変化がありました。人の足の踏み入・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・乞食の子は、自分のからだに止まっていたはえを捕らえた。そしてなにげないふうで、その子供の後ろにまわって、えりもとへはえを落として、「あっ、危ない、はちが入った! はちが入った!」と叫んだ。 その子供は驚いて、さっそく帯を解いて着物を・・・ 小川未明 「つばめと乞食の子」
・・・私も子供の時分から山々へ上がって、どこのがけにはなにがはえているとか、またどこの谷にはなんの草が、いつごろ花を咲いて、実を結ぶかということをよく知っていました。親父は、薬売りは、人の命にかかる商売だから、めったなものを持ち歩くことはできない・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・その卵が孵化して一ぴきの虫となって、体に自分のような美しい羽がはえて自由にあたりを飛べるようになるには、かなりの日数がなければならぬからでした。「ああ、かわいそうに、こんな時分に生まれてこなければよかったのに……。」といって、女ちょうは・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・ 朝の陽が蒼黝い女の皮膚に映えて、鼻の両脇の脂肪を温めていた。 ちらとそれを見た途端、なぜだか私はむしろ女があわれに思えた。かりに女が不幸だとしても、それはいわゆる男の教養だけの問題ではあるまいと思った。「何べん解消しようと思っ・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫