・・・ とうとう播種時が来た。山火事で焼けた熊笹の葉が真黒にこげて奇跡の護符のように何所からともなく降って来る播種時が来た。畑の上は急に活気だった。市街地にも種物商や肥料商が入込んで、たった一軒の曖昧屋からは夜ごとに三味線の遠音が響くようにな・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ うっかり緩めた把手に、衝と動きを掛けた時である。ものの二三町は瞬く間だ。あたかもその距離の前途の右側に、真赤な人のなりがふらふらと立揚った。天象、地気、草木、この時に当って、人事に属する、赤いものと言えば、読者は直ちに田舎娘の姨見舞か・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・中に、 夫文人の苦心は古人の後に生れ古人開拓の田地の外、別に播種し別に刈穫せんと慾する所の処に存す。韓退之所謂務去陳言戞々乎其難哉とは正に此謂いなり、若し古人の意を襲して即ち古人の田地の種獲せば是れ剽盗のみ。李白杜甫韓柳の徒何ぞ曽て・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・神棚の燈明をつけるために使う燧金には大きな木の板片が把手についているし、ほくちも多量にあるから点火しやすいが、喫煙用のは小さい鉄片の頭を指先で抓んで打ちつけ、その火花を石に添えたわずかな火口に点じようとするのだから六かしいのである。 火・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・こわれた虫眼鏡が把手をつけただけでたちまちにして顕微鏡になったようなものである。しかしアースやアンテナを引っぱり廻わす事なしに役に立つ感度の好い機械としての価値はもう永久に失われたようである。東京市会議員のような機械になってしまったのは無残・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・縄でしばった南京袋の前だれをあてて、直径五寸もある大きな孟宗竹の根を両足の親指でふんまえて、桶屋がつかうせんという、左右に把手のついた刃物でけずっていた。ガリ、ガリ、ガリッ……。金ぞくのようにかたい竹のふしは、ときどきせんをはねかえしてから・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 八月八日農場実習 午前八時半より正午まで 除草、追肥 第一、七組 蕪菁播種 第三、四組 甘藍中耕 第五、六組 養蚕実習 第二組(午后イギリス海岸に於て第三紀偶蹄類の足跡・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ 扉の把手を握ったまま、れんはあわてて二三度腰をかがめた。「はい。はいはい」 扉をしめながら、彼女は更に一つをつけ加えた。「はい。――」 彼は天井を見ながら我知らず苦笑を洩した。が、その笑が消え切らないうちに、彼の胸には・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・集団農場に組織された農戸数 一九二八年 四〇〇・〇〇〇 一九二九年 一、〇〇〇・〇〇〇 一九三〇年 六、〇〇〇・〇〇〇 一九三一年 九、〇〇〇・〇〇〇播種面 一九二八年 二百万ヘク・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・こんな不自由はいよいよ馬鹿らしいと、農民は、益々播種面をちぢめ、耕地に草は伸び放題。ソヴェト生産の鋏は、順当な交互作用を失って開きっぱなしという危機に立ち到ったのであった。 一九二一年の果敢な新経済政策は、この生産関係の調整のために敢行・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫