・・・ この手帳こそ、父の生涯を通じての動く書斎であり、秘書のようなものであったと思います。誰かと会見する約束が生じる。すると父はすぐ内ポケットから手帳を出して、それを書きこみます。百合子、あさってひる飯に事務所へ来ないかい? ありがとう、行・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・ 学校を卒業すると、彼女は希望通りミスタ・シムコックスと云う人の秘書役として、事務所に通うことになりました。 一週二十五志の月給で、ちゃんと一人前に出勤し、自分の力で下宿屋に部屋を持ち、ロザリーにとってこれは何とも云えない悦びでした・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・中途半端な人道主義はイザと云う時、役に立たないと云うことを知ったところは犬養健の部分的な賢さだが、人道主義を清算して親父の秘書となって政友会に納まった所に、彼の決定的な階級性の暴露と見透しのきかないブルジョア・イデオロギーの具体化とがある。・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・そして、三十年以上彼女の最も緊密な秘書として働いたサザーランド博士があった。当時の社会が婦人の登場を許していなかったあらゆる政治的関係、役所関係の間へ、ナイチンゲールは彼女のあらゆる条件を活用して、ハーバートを動かし、バーネー卿を活動させた・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・文学ともいえない読物の中には、重役と女秘書、闇の事業の経営者とその婦人助手のいきさつなどがはやっているけれども、パール・バックの「この心の誇り」にとらえようとされている女性の自立の世界と、それはどんなにちがっているかということを見くらべるに・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・そして云うには、ことしの五月一日に、エルリングは町に手紙をよこして、もう別荘の面白い季節が過ぎてしまって、そろそろお前さんや、避暑客の群が来られるだろうと思うと、ぞっとすると云ったと云うのである。「して見ると、あなたの御贔屓のエルリング・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・しかし軽井沢に避暑している人たちがまさかこんな日に出歩くとは思わなかった。まして寺田さんの一行が自分と同じく北軽井沢までも行かれるとは全然思いがけなかった。ところが聞いてみると寺田さんの方でも松根氏との約束を延ばし延ばししている内についこん・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
出典:青空文庫