・・・けれ共、私は一葉女史と紅葉山人の作品にはその形式技巧や筆致の上にはこの上なく感心はしながらも、材料と思想が何だか物足りぬ。 まだ、ろくに「いろは」も書けない様なものがこんな事を云うのもあんまり生意気の様ではあるが、やっぱりあの頃に二葉亭・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・に鋭い筆致で描かれているこの事実をスタインベックがソヴェトの人々に向って話したとしたら、こんな非合理で非人間的な浪費があり得ると思うかときいたとしたら、ソヴェトの人たちは何と答えるだろう。気違いだ! と答えるにきまっている。しかし、この場合・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・これらの作品の題材の特異性、特異性を活かすにふさわしい陰影の濃い粘りづよい執拗な筆致等は、主人公の良心の表現においても、当時の文壇的風潮をなしていた行為性、逆流の中に突立つ身構えへの憧憬、ニイチェ的な孤高、心理追求、ドストイェフスキー的なる・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・誰でも知っている通り H.G.Wells は科学小説とでも云うべきものを独特な天地にしているに対して、Galsworthy の方は、面倒な理屈は抜きで、読む者をどしどしと惹つけて行くような筆致を持っている。H. G. Wells は知らない・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・その光景がモウパッサン一流の筆致で活々と描かれていた。 ファブルの名を知ったのは、多分これがきっかけであったと思う。それから、ファブルの昆虫記をすこし読んだが、これは何冊も読みつづけることが出来なかった。どういうことが読みつづけられない・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・ヴァイニング夫人の筆致にも抑えられたおどろきがある。この悲しいあき壜のような絶対感、責任感が、どんな社会的実体でつめられてゆくか。ジャーナリズムが無関係だとは云えまい。風よけの大名屏風のように、そのときどきの折りたたみ工合でもち出されるもの・・・ 宮本百合子 「ジャーナリズムの航路」
去る四月一日の『大学新聞』に逸見重雄氏が「野呂栄太郎の追憶」という長い文章を発表した。マルクス主義を深く理解している者としての筆致で、野呂栄太郎の伝記が細かに書かれ、最後は野呂栄太郎がスパイに売られて逮捕され、品川署の留置・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・や一頁人物評、吉川英治についての書きぶりなど、もう少し含蓄をもって読者の頭にきざみつけられるような筆致が更に効果的であったろうと考えられた。 この雑誌のみならず、すべての雑誌が、もっともっと沢山わかり易い自然科学に関する記事、世界の人類・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・その気味わるいような、ブリューゲルふうの筆致が、作品の世界の、いまだ解決されない憂鬱の姿を最もよくうつすと思って、ああいうふうに書きとおしているらしいのです。 りっぱな作品ということはむずかしいけれども、民主主義文学が日程にのぼってきて・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・青野氏が抒情的な筆致で「民衆の真実」をとりあげた場合、一般化していわれる民衆という言葉は、一般化して云われる真実とひとしくほんとに抽象名詞であるという感がふかい。民衆の真実は何であろうかと思わずにはいられないのが活きた今日の人情なのである。・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
出典:青空文庫