・・・それも単に、復讐の挙が成就したと云うばかりではない。すべてが、彼の道徳上の要求と、ほとんど完全に一致するような形式で成就した。彼は、事業を完成した満足を味ったばかりでなく、道徳を体現した満足をも、同時に味う事が出来たのである。しかも、その満・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・もっとも恋愛の円満に成就した場合は別問題ですが、万一失恋でもした日には必ず莫迦莫迦しい自己犠牲をするか、さもなければもっと莫迦莫迦しい復讐的精神を発揮しますよ。しかもそれを当事者自身は何か英雄的行為のようにうぬ惚れ切ってするのですからね。け・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・僕は薄暗い電燈の下に独逸文法を復習した。しかしどうも失恋した彼に、――たとい失恋したにもせよ、とにかく叔父さんの娘のある彼に羨望を感じてならなかった。 五 彼はかれこれ半年の後、ある海岸へ転地することになった。・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・ 四〇 勉強 僕は僕の中学時代はもちろん、復習というものをしたことはなかった。しかし試験勉強はたびたびした。試験の当日にはどの生徒も運動場でも本を読んだりしている。僕はそれを見るたびに「僕ももっと勉強すればよかった」・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・私は、ヴォルガ河で船乗りの生活をして、其の間に字を読む事を覚えた事や、カザンで麺麭焼の弟子になって、主人と喧嘩をして、其の細君にひどい復讐をして、とうとう此処まで落ち延びた次第を包まず物語った。ヤコフ・イリイッチの前では、彼に関した事でない・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ミューズを老いぼれ婆にしくさったチョコレットめ、芸術家が今復讐するから覚悟しろ。ともちゃん、さあ。とも子 まあいやだ、誰がひとの食べかいたものなんか食べるもんですか。瀬古 え、食べない。これを。食べないとはおまえ偉いねえ。おまえの・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ こうこう、こういう事情になっているところを、僕が逃げたというので、その代りに住職に復讐しようと、町の侠客連が二、三名動き出したのを、人に頼んで、ようやく推し静めてもらったが、「いつ、どんな危険が奥さんにも及ぶか分りませんから、今晩・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・今や敵国に対して復讐戦を計画するにあらず、鋤と鍬とをもって残る領土の曠漠と闘い、これを田園と化して敵に奪われしものを補わんとしました。まことにクリスチャンらしき計画ではありませんか。真正の平和主義者はかかる計画に出でなければなりません。・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・それと同時に草原を物狂わしく走っていた間感じていた、旨く復讐をし遂げたという喜も、次第に詰まらぬものになって来た。丁度向うで女学生の頸の創から血が流れて出るように、胸に満ちていた喜が逃げてしまうのである。「これで敵を討った」と思って、物に追・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・すぐに縁談を断ってしまおうかとも思われましたが、もし、そうしたら、きっと皇子が復讐をしに攻めてくるだろうというような気がして、すぐには決しかねたのであります。 やさしい心のお姫さまは、片目であるという皇子の身の上をかわいそうにも思われま・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
出典:青空文庫