・・・しかも自分とはあまりにかけ離れたことばかり考えているらしい息子の、軽率な不作法が癪にさわったのだ。「おい早田」 老人は今は眼の下に見わたされる自分の領地の一区域を眺めまわしながら、見向きもせずに監督の名を呼んだ。「ここには何戸は・・・ 有島武郎 「親子」
・・・製線所では割合に斤目をよく買ってくれたばかりでなく、他の地方が不作なために結実がなかったので、亜麻種を非常な高値で引取る約束をしてくれた。仁右衛門の懐の中には手取り百円の金が暖くしまわれた。彼れは畑にまだしこたま残っている亜麻の事を考えた。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・米の不作のときは、米の価が騰がるように、くわの葉の価が騰がって、広いくわ圃を所有している、信吉の叔父さんは、大いに喜んでいました。 信吉は、うんと叔父さんの手助けをして、お小使いをもらったら、自分のためでなく、妹になにかほしいものを買っ・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・――今年は不作だったので地子を負けて貰おう。取り入れがすんですぐ、その話があったのは彼も知っていた。それから、かなりごた/\していた。が、話がどうきまったか、彼はまだ知らなかった。 杜氏は、話す調子だけは割合おだやかだった。彼は、「・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・「けれども、ことしは不作ですよ。」 はるか前方に、私の生家の赤い大屋根が見えて来た。淡い緑の稲田の海に、ゆらりと浮いている。私はひとりで、てれて、「案外、ちいさいな。」と小声で言った。「いいえ、どうして、」北さんは、私をたしなめ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・縁語及び譬喩 蕪村が縁語その他文字上の遊戯を主としたる俳句をつくりしは怪しむべきようなれど、その句の巧妙にして斧鑿の痕を留めず、かつ和歌もしくは檀林、支麦のごとき没趣味の作をなさざるところ、またもってその技倆を窺うに足る。縁・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・お前のお父さんは七年前の不作のとき祭壇に上って九日祷りつづけられた。お前のお父さんはみんなのためには命も惜しくなかったのだ。ほかの人たちはどうだ。ブランダ。言ってごらん。」 ブランダと呼ばれた子はすばやくきちんとなって答えました。「・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・ ところへ、五年目に起った大不作は彼等一族を、まったく困憊の極まで追いつめてしまった。 恐ろしい螟虫の襲撃に会った上、水にまで反かれた稲は、絶望された田の乾からびた泥の上に、一本一本と倒れて、やがては腐って行く。 豊かな、喜びの・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・枯の恐ろしく長い東北の小村は、四国あたりの其れにくらべると幾層倍か、貧しい哀れなものだと云う事は其の気候の事を思ってもじき分る事であるが、此の二年ほど、それどころかもっと長い間うるさくつきまとうて居る不作と、それにともなった身を切る様な不景・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫