・・・不断も加賀染の模様のいいのなんか着せていろいろ身ぎれいにしてやるので誰云うともなく美人問屋と云ってその娘を見ようと前に立つ人はたえた事がない、丁度年頃なのであっちこっちからのぞみに母親もこの返事に迷惑して申しのべし、「手前よろしければかねて・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・や芸者屋に披露して引き幕を贈ってもらわなければならないとか、披露にまわる衣服にこれこれかかるとか、かの女も寝ころびながら、いろいろの注文をならべていたが、僕は、その時になれば、どうとも工面してやるがと返事をして、まず二、三日考えさせることに・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・椿岳は平素琵琶を愛して片時も座右を離さなかったので、椿岳の琵琶といえばかなりな名人のように聞えていた。が、実はホンの手解きしか稽古しなかった。その頃福地桜痴が琵琶では鼻を高くし、桜痴の琵琶には悩まされながらも感服するものが多かった。負けぬ気・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 折返して直ぐ返事を出し、それから五、六日して或る夕刻、再び花園町を訪問した。すると生憎運動に出られたというので、仕方がなしに門を出ようとすると、入れ違いに門を入ろうとして帰り掛ける私を見て、垣に寄添って躊躇している着流しの二人連れがあ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・と、少年は、男に注意をしたけれど、男は黙っていました。返事をするのも物憂かったようすであります。また、石ころ一つくらいどうでもいいと思っているようにも見えました。少年は、坂の上まで押してやりました。しかし、男は下り坂にかかると礼もいわずに、・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・「なんで、おまえのことを片時なりとも忘れるものではない。」と答えました。 娘は、とうとう旅の人につれられて、あちらの郷へお嫁にゆくことになったのであります。 娘がいってから、年をとった父親や、母親は、毎日、東の山を見て娘のことを・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・そして、自分が、片時も故郷のことを忘れぬように、その少年も、自分の村を忘れないであろうと思うと、その顔を見ない少年が、なんとなく、慕わしくなりました。 良吉は「遠くからきて、働いているのは、けっして、自分ばかりでない。」と、考えると、ま・・・ 小川未明 「隣村の子」
・・・ 私は睡ったふりもしていられぬので、余儀なく返事をして顔を挙げた。そして上さんのさしだす宿帳と矢立とを取って、まずそれを記してから、「その……宿代だが、明朝じゃいかんでしょうか。」「明朝――今夜持合せがないのかね。」「明朝に・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 咽喉にひっ掛った返事をした。二、三度咳ばらいして、そのまま坐っていた。なんだかこの夫婦者の前へ出むく気がしなかったのである。「お出なはれな」 再び声が来た。 すると、もう私は断り切れず、雨戸のことで諒解を求める良い機会でも・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・昨日の朝出した電報の返事すら来てなかった。 三 その翌日の午後、彼は思案に余って、横井を署へ訪ねて行った。明け放した受附の室とは別室になった奥から、横井は大きな体躯をのそり/\運んで来て「やあ君か、まああがれ」斯う云・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫