・・・適当の収入さえあれば、夫への心をこめた奉仕と、子どもの懇ろなる養育と、家庭内の労働と団欒とを欲する婦人が生計の不足のためにやむなく子供を託児所にあずけて、夫とともに家庭を留守にして働くのである。婦人には月々の生理週間と妊娠と分娩後の静養と哺・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・そうしてその拍子にとび/\しながら柵から外へ出た。三人の、大切な洋服を着た男は、糞に汚れた豚に僻易して二三歩あとすざりした。豚は彼等が通らせて呉れるのをいゝことにして外へ出てしまった。 一匹が跳ね、騒ぎだしたのにつれて、小屋中の豚が悉く・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ 兵士たちは、自分が労働者の出身であり、農民の出身でありながら、軍隊に這入ると、武器を使うことを習って、自分たちの敵である資本家や地主のために奉仕しなければならない。自分の同志や、親爺や兄弟に向って銃口をさしむけることを強いられる。・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・剣をつけた銃を振りまわした拍子に、テーブルの上の置ランプが倒れた。床板の上で、硝子のこわれるすさまじい音がした。 扉の前に立っていた兵士達は、入口がこわれる程、やたらに押し合いへし合いしながら一時になだれこんできた。 彼等は、戸棚や・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・それは訳読した漢文を原形に復するので、ノーミステーキの者が褒詞を得る。闘文闘詩が一月に一度か二度ある、先生の講義が一週一二度ある、先ずそんなもので、其の他何たる規定は無かったのです。わたくしの知っている私塾は先ずそんなものでした。で、自宅練・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・この窟上下四方すべて滑らかにして堅き岩なれば、これらの名は皆その凸く張り出でたるところを似つかわしきものに擬えて、昔の法師らの呼びなせしものにて、窟の内に別に一々岩あるにはあらず。 道二つに岐れて左の方に入れば、頻都廬、賽河原、地蔵尊、・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・で、万事贅沢安楽に旅行の出来るようになった代りには、芭蕉翁や西行法師なんかも、停車場で見送りの人々や出迎えの人々に、芭蕉翁万歳というようなことを云われるような理屈になって仕舞って、「野を横に汽車引むけよ郭公」とも云われない始末で、旅行に興味・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・それはみんな我々の歌の拍子になっていた。俺ときたら「インターナショナル」でさえ、あやふやにしか知っていないので困った。相手のたゝいて寄す歌が分ると、そのしるしに、こっちからも同じ調子で打ちかえしてやる。隣りはその間、自分のをやめて聞いている・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・妹はそして椅子に坐る拍子に、何故か振りかえって、お母さんの顔をちらッと見た。母は後で、その時はあ――あ、失敗ったと思ったと、元気のない顔をして云っていた。横に坐っていた上田の母が、「まア、まア、あんたとこの娘さんにもあきれたもんだ」と、母に・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・となるは自然の理なり俊雄は秋子に砂浴びせられたる一旦の拍子ぬけその砂肚に入ってたちまちやけの虫と化し前年より父が預かる株式会社に通い給金なり余禄なりなかなかの収入ありしもことごとくこのあたりの溝へ放棄り経綸と申すが多寡が糸扁いずれ天下は綱渡・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫