・・・私は、人のちからの佳い成果を見たくて、旅行以来一月間、私の持っている本を、片っぱしから読み直した。法螺でない。どれもこれも、私に十頁とは読ませなかった。私は、生れてはじめて、祈る気持を体験した。「いい読みものが在るように。いい読みものが在る・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・しかしまた、きざに大先生気取りして神妙そうな文学概論なども言いたくないし、一つ一つ言葉を選んで法螺で無い事ばかり言おうとすると、いやに疲れてしまうし、そうかと言って玄関払いは絶対に出来ないたちだし、結局、君たちをそそのかして酒を飲みに飛び出・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・昔話をするのか、大法螺を吹くのかと思われるのである。ところが、それが事実である。三方四方がめでたく納まった話であるから、チルナウエルは生涯人に話しても、一向差支はないのである。 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・の大法螺でも、夢想兵衛の「夢物語」でも、ウェルズの未来記の種類でも、みんなそういうものである。あらゆるおとぎ話がそうである。あらゆる新聞講談から茶番狂言からアリストファーネスのコメディーに至るまでがそうである。笑わせ怒らせ泣かせうるのはただ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・それで、「ほら、勘さんとこの――」 と、母親がいった瞬間、夢からさめたようになった。「おれ、いやだっていったじゃないか」 しかし倅のつっけんどんな返辞にもさからわず、母親はだまっていま一服つけ、それからまた浮かぬ顔で仕事をは・・・ 徳永直 「白い道」
・・・西洋の新らしい説などを生噛りにして法螺を吹くのは論外として、本当に自分が研究を積んで甲の説から乙の説に移りまた乙から丙に進んで、毫も流行を追うの陋態なく、またことさらに新奇を衒うの虚栄心なく、全く自然の順序階級を内発的に経て、しかも彼ら西洋・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・死ぬか生きるかと云う戦争中にこんな小説染みた呑気な法螺を書いて国元へ送るものは一人もない訳ださ」「そりゃ無い」と云ったが実はまだ半信半疑である。半信半疑ではあるが何だか物凄い、気味の悪い、一言にして云うと法学士に似合わしからざる感じが起・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・君、なぜほらなかった」「馬鹿あ云ってらあ。僕のような高尚な男が、そんな愚な真似をするものか。華族や金持がほれば似合うかも知れないが、僕にはそんなものは向かない。荒木又右衛門だって、ほっちゃいまい」「荒木又右衛門か。そいつは困ったな。・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・向うだって引継ぎの時にゃ、間誤つくだろうよ。ほら」 少年は通路に立っている乗客の方を、顎でしゃくって見せた。「あれが、御連中だよ」「それで何かい。その、お前は一体何をやらかしたんだね?」「何もやらかしゃしねえよ。これから・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・きところのみ、妻して水汲みはこばする事もかきかぞふれば二十年あまりの年をぞへにきける、あはれ今はめもやうやう老にたれば、いつまでかかくてあらすべきとて、貧き中にもおもひわづらはるるあまり、からうじて井ほらせけるにいときよき水あふれ出づ、さく・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫