アメリカのレビュー団マーカス・ショーが日本劇場で開演して満都の人気を収集しているようであった。日曜日の開演時刻にこの劇場の前を通って見ると大変な人の群が場前の鋪道を埋めて車道まではみ出している。これだけの人数が一人一人これ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ しかし、つりがねマントの学生たちは、長野や高坂と同じではなかった。“中央集権”是か非か。“ブルジョア議会”の肯定と否定。“ソビエット”と“自由連合”。労働者側では小野が一人で太刀打ちしている。しかし津田はとにかく三吉が黙っているのは、・・・ 徳永直 「白い道」
・・・見物人はわれわれ位の紳士だけれども、何だか妙な、絵かきだか何だか妙な判じもののような者や、ポンチ画の広告見たような者や、長いマントを着て尖ったような帽子を被った和蘭の植民地にいるような者や、一種特別な人間ばかりが行っている。絵もそういう風な・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・糠粒を針の目からこぼすような細かいのが満都の紅塵と煤煙を溶かして濛々と天地を鎖す裏に地獄の影のようにぬっと見上げられたのは倫敦塔であった。 無我夢中に宿に着いて、主人に今日は塔を見物して来たと話したら、主人が鴉が五羽いたでしょうと云う。・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ああ北海道、雑嚢を下げてマントをぐるぐる捲いて肩にかけて津軽海峡をみんなと船で渡ったらどんなに嬉しいだろう。五月十日 今日もだめだ。五月十一日 日曜 曇 午前は母や祖母といっしょに田打ちをした。午后はうちのひば垣・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・といいながらつめたいガラスのマントをひらめかしてむこうへいってしまいました。 お日様はもえる宝石のように東の空にかかり、あらんかぎりのかがやきを悲しむ母親の木と旅にでた子どもらとに投げておやりなさいました。・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・ その晩の夢の奇麗なことは、黄や緑の火が空で燃えたり、野原が一面黄金の草に変ったり、たくさんの小さな風車が蜂のようにかすかにうなって空中を飛んであるいたり、仁義をそなえた鷲の大臣が、銀色のマントをきらきら波立てて野原を見まわったり、ホモ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・いつかいつものねずみいろの上着の上にガラスのマントを着ているのです。それから光るガラスの靴をはいているのです。 又三郎の肩には栗の木の影が青く落ちています。又三郎の影は、また青く草に落ちています。そして風がどんどんどんどん吹いているので・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 冬の寒いとき、そして最も日本的な梅雨のふりつづくとき、撮影もしにくい光線と湿気との中で、ゴム長靴マント姿の学童たちの生活はどのように営まれているか。交通事故の防止のために市が子供らに払っている注意、子供ら自身の身につけている訓練。それらの・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
・・・ それから間もなく水色のお召のマントに赤い緒の雪駄、かつら下地に髪を結んで、何かの霊の様なお龍と男はにぎやかなアスファルトをしきつめた□(通りを歩いて居た。通る男も通る男も皆自分からお龍をはなしてもって行きたそうに思われた、そして又女も・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
出典:青空文庫