・・・あの女は羨しいと思いますと、お腹の裡で、動くのが、動くばかりでなくなって、もそもそと這うような、ものをいうような、ぐっぐっ、と巨きな鼻が息をするような、その鼻が舐めるような、舌を出すような、蒼黄色い顔――畜生――牡丹の根で気絶して、生死も知・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・と面啖って我知らず口走って、ニコチンの毒を説く時のような真面目な態度になって、衣兜に手を突込んで、肩をもそもそと揺って、筒服の膝を不状に膨らましたなりで、のそりと立上ったが、忽ちキリキリとした声を出した。「嫁娶々々!」 長提灯の新し・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 百姓は、もそもそと犬の毛皮の胴着を脱ぎ、それを私に煙草をめぐんで呉れた美人の女給に手渡して、それから懐のなかへ片手をいれた。 ――汚い真似をするな。 私は身構えて、そう注意してやった。 懐から一本の銀笛が出た。銀笛は軒燈の・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ もそもそして、「あります。」「二十円、置いて行け。」私は、可笑しくてならない。 出したのである。「帰っても、いいですか?」 ばか、冗談だよ、からかってみたのさ、東京は、こんなにこわいところだから、早く国へ帰って親爺に安・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・私が部屋の隅で帯を締め直し、風呂敷包みをほどいて足袋をはき、それからもそもそ、セルの袴をいじくっているのを、哀れと思ったのか、黙って立って来て、袴はくのを手伝ってくれた。袴の紐を、まえに蝶の形にきちんと結んでくれた。私は、簡単にお礼を言って・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・私が、もそもそしたら、女の人は、ええわ、ええわ、と言って私の背中をぐんぐん押して外へ出してしまった。それっきりであった。私の態度がよかったからであろうと思い、私は、それ以上の浮いた気持は感じなかった。二、三年、あるいは四、五年、そこは、はっ・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・ と言い、旦那さんは、つかつかと私の隠れている机のほうに歩いて来て、おいおい、そんなところで何をしているのだ、ばかやろう、と言い、ああ、私はもそもそと机の下で四つ這いの形のままで、あまり恥ずかしくて出るに出られず、あの奥さんがうらめしくてぽ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・男はその炎の中で、しばらくもそもそしていた。苦痛の叫びは、いよいよ世の嘲笑の声を大にするだけであろうから、男は、あらゆる表情と言葉を殺して、そうして、ただ、いも虫のように、もそもそしていた。おそろしいことには、男は、いよいよ丈夫になり、みじ・・・ 太宰治 「答案落第」
・・・何せ小さい釘のことであるから、ちからの容れどころが無く、それでも曲った釘を、まっすぐに直すのには、ずいぶん強い圧力が必要なので、傍目には、ちっとも派手でないけれども、もそもそ、満面に朱をそそいで、いきんでいました。そうして笠井さんは、自分な・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・まねごとだけでも、机にからだを縛りつけて、もそもそやっていると、夜までには、かなりからだも疲れている。へとへとのことさえ、あります。そんなに自信のあるからだでもないのだから、私は、そろそろ寝なければならぬ。寝る。けれども、すぐには眠れない。・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫