・・・(ああ畑も入ります入ります。遊園地なんて誰だったかな、云っていた、あてにならない。こんな畑を云うんだろう。おれのはもっとずっと上流の北上川から遠くの東の山地まで見はらせるようにあの小桜山の下の新らしく墾いた広い畑を云ったんだ。「全体・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・千代の優婉らしい挙止の裡にはさほ子が圧迫を感じる底力があった。千代の方は一向平然としている丈、さほ子は神経質になった。 千代を傍観者として後片づけをしていると、良人は、さほ子に訊いた。「どうだね?」 気づかれのした彼女は、ぐった・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・源氏物語の中には貴族の婦人たちが、自分で縫物をやっている描写はないと思う。優婉な紫の上が光君と一緒に、周囲の女性たちにおくる反物を選んでいるところはあるけれど、落窪物語はやはり王朝時代に書かれた物語ではあるけれども、ここに描かれている人たち・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 毎晩九時過ぎると、まだ夜と昼との影を投じ合った鳩羽色の湖面を滑って、或時は有頂天な、或時は優婉な舞踏曲が、漣の畳句を伴れて聞え始めます。すると先刻までは何処に居たのか水音も為せなかった沢山の軽舸が、丁度流れ寄る花弁のように揺れながら、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・日が沈んで夕方暗くなる一時前の優婉さ、うき立つ秋草の色。 工場の女と犬 十月雨の日 女工「マル マル マルや 来い来い お前を入れて置きたいのは山々だけれどもね、土屋さんに叱られるといけないから出てお呉れ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 凝と坐って耳を傾けると、目の下の湖では淡黄色い細砂に当って溶ける優婉な漣の音が、揺れる楊柳の葉触れにつれて、軽く、柔く、サ……、サ……、と通って来る。心持のよい日だ。 私の周囲を取繞く総てのものは、皆七月の太陽を身に浴びて嬉々とし・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・地として、初しぐれ猿も小蓑をほしげなりおもしろうてやがてかなしき鵜飼かな馬をさへながむる雪のあした哉住つかぬ旅の心や置炬燵うき我をさびしがらせよかんこ鳥 雄大、優婉な趣は、辛崎の松は花より・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・終点が何で、夏は有名な遊園地であった。或る信託会社と、専門家の間ではネゲティブな意味で名を知られているその電気会社とが共同で計画して開いた住宅地が××町であった。自然の起伏を利用した規則正しい区画、東と西の大通りを縁どる並木、自動車路など、・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・しかし、彼等が必死の努力で日々を過した五年、その五年をゴーリキイはイタリーにいたということは、イタリーという土地が伝統的にわれわれの心に反映させる一種の遊園地めいた先入感の関係もあって、何だかゴーリキイに対して、うちのものではあるが久しく会・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・清少納言はこの時期にも宮仕えしていたのであったが、彼女の負け嫌いな気質と結びついて現れている当時の常識の姿として、枕草子の中にはこの気立のすぐれたおおらかな中宮のあわれに、優婉な宮廷生活は描き出されていないで、この人の華やかであった時の物語・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
出典:青空文庫