・・・喋っても、癇癪を起しても陽性でした。いつも活気があり、流動があり、些の感傷と常套もあって、父は親密な温い父でした。 私が九つか十位から十年間ばかり、私がまだ父と一緒の家に暮していた間、朝父の出がけの身仕度をするのが私の楽しい任務でした。・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・ ジョルジュ・サンド「愛の妖精」「アンジアナ」は、十九世紀のロマン主義時代に生れたフランスの婦人作家が、女にとって苦しい結婚生活と宗教との負担に、情緒的に反抗しつつその解決は作品の中でだけ可能な夢幻境へ逃避の形でまとめているのは注目にあ・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・田舎暮しからみたら東京の生活は比較にならないほどいい、と云われる言葉は、都会の空気に代々馴れて、結核なども陽性反応を示す体質になっている人々の放言である。 勤労青少年たちの体はよくない。中国地方の或る工業地帯が故郷である若い人が、この間・・・ 宮本百合子 「若きいのちを」
・・・などのほか、フランスではジョルジ・サンドが「愛の妖精」などで描いている。けれども、それらの作品と前にふれたヘッセの「車輪の下」その他の人々の作品との間に在る決定的なちがいは、女の作家のかいた女主人公たちは、ほとんど例外なくそれぞれの環境を偶・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・「要請」という一つの文字の解釈のワナにかかって生命を絶たなければならなかった菅季治氏の悲劇を、ただ、彼の性格の弱さであると見るのは、浅薄ではないでしょうか。 菅氏の性格は相当粘りづよくあったようだし、意志が普通よりもよわかっ・・・ 宮本百合子 「若き僚友に」
・・・ 西洋事情や輿地誌略の盛んに行われていた時代に人となって、翻訳書で当用を弁ずることが出来、華族仲間で口が利かれる程度に、自分を養成しただけの子爵は、精神上の事には、朱子の註に拠って論語を講釈するのを聞いたより外、なんの智識もないのだが、・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ところでこの手紙を書いているうちに、小生が少年時以来養成されて来たと思っていた皇室への情熱が、いつの間にか内容を異にしている――というよりも内容を深めているのに気づかざるを得なかった。小学中学で教え込まれた忠君愛国は、忠君即愛国、君即国であ・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫