・・・事に寄ると、骨は避けているかも知れんから、そうすれば必ず治る。国へ帰って母にも逢える、マ、マ、マリヤにも逢える…… ああ国へはこうと知らせたくないな。一思に死だと思わせて置きたいな。そうでもない偶然おれが三日も四日も藻掻ていたと知れたら・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「とにかく明日は君のところへ寄るから」と、土井は別れる時私に言った。三 笹川は、じつに怖い男だ。彼は私の本体までもすっかり研究してしまっている。そしてもはや私は彼にとっては、不用な人間だ。彼は二三度、私を洲崎に遊びに伴れて行・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・「今日はひょっとしたら大槻の下宿へ寄るかもしれない。家捜しが手間どったら寄らずに帰る」切り取った回数券はじかに細君の手へ渡してやりながら、彼は六ヶ敷い顔でそう言った。「ここだった」と彼は思った。灌木や竹藪の根が生なました赤土から切口・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・如何にせんとも死なめと云ひて寄る妹にかそかに白粉にほふ これは大正時代の、病篤き一貧窮青年の死線の上での恋の歌である。 私は必ずしも悲劇的にという気ではない。しかし緊張と、苦悩と、克服とのないような恋は所詮浅い、上調子な・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・「振い寄ると解釈すりゃ、ダンスでもする奴かな。」 七 少佐は、松木にとって、笑ってすませる競争者ではなかった。 二人が玄関から這入って行った、丁度その時、少佐は勝手口から出て来た。彼は不機嫌に怒って、ぷりぷりしていた・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・そのかかりにはとかくに魚が寄るものであります。そのかかりの前へ出掛けて行って、そうしてかかりと擦れ擦れに鉤を打込む、それがかかり前の釣といいます。澪だの平場だので釣れない時にかかり前に行くということは誰もすること。またわざわざかかりへ行きた・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・――俺はいきなり窓際にかけ寄ると、窓枠に両手をかけて力をこめ、ウンと一ふんばりして尻上りをした。そして鉄棒と鉄棒の間に顔を押しつけ、外へ向って叫んだ。「ロシア革命万歳」「日本共産党バンザアーイ」 ワァーッ! という声が何処かの―・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・その中途にある小屋へ声を掛けに寄ると、隠居さんは無慾な百姓の顔を出して、先生から預かっている鍵を渡した。「高瀬さんに一つ、私の別荘を見て頂きましょう」 と言って先生は崖に倚った小楼の方へ高瀬を誘って行った。「これが湯の元です」という・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・どうして、おせんが地味な服装でもして、いくらか彼の方へ歩び寄るどころか。彼女は今でもあの通りの派手づくりだ。若く美しい妻を専有するということは、しかし彼が想像したほど、唯楽しいばかりのものでも無かった。結婚して六十日経つか経たないに、最早彼・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ と言って、這い寄る二歳の子を膝へ抱き上げた。 太宰治 「親という二字」
出典:青空文庫