・・・しかしそれにしては跼むこともしない、足で砂を分けて見ることもしない。満月でずいぶん明るいのですけれど、火を点けて見る様子もない。 私は海を見ては合間合間に、その人影に注意し出しました。奇異の念はますます募ってゆきました。そしてついには、・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・ますます奥深く分け入れば村窮まりてただ渓流の水清く樹林の陰より走せ出ずるあるのみ。帰路夕陽野にみつ』 自分は以上のほかなお二、三編を読んだ。そしてこれを聴く小山よりもこれを読む自分の方が当時を回想する情に堪えなかった。 時は忽然とし・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・それは善・悪の彼岸、すなわち宗教意識にまで分け入らねば解決できぬ。もとより倫理学としては、その学の中で解決を求めて追求するのが学の任務であるが、一般に学の約束として、それは絶えざる認識の拡充としての永久の追求であっていいのである。しかし生の・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・そして、露西亜人が来ると、それを皆に分けてやった。「お前ンとこへ遊びに行ってもいいかい?」「どうぞ。」「何か、いいことでもあるかい?」「何ンにもない。……でもいらっしゃい、どうぞ。」 その言葉が、朗らかに、快活に、心から・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・一径互に紆直し、茅棘亦已に繁し、という句がありまするから、曲がりくねった細径の茅や棘を分けて、むぐり込むのです。歴尋す嬋娟の節、翦破す蒼莨根、とありまするから、一この竹、あの竹と調べまわった訳です。唐の時は釣が非常に行われて、薜氏の池という・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・犬は勝ち誇ったように一吠え吠えると、瞬間、源吉は分けの分らないことを口早に言ったか、と思うと、「怖かない! オッ母ッ!」と叫んだ。 そしてグルッと身体を廻すと、猫がするように塀をもがいて上るような恰好をした。犬がその後から喰らいつた・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・経もまたこれを説けりお噺は山村俊雄と申すふところ育ち団十菊五を島原に見た帰り途飯だけの突合いととある二階へ連れ込まれたがそもそもの端緒一向だね一ツ献じようとさされたる猪口をイエどうも私はと一言を三言に分けて迷惑ゆえの辞退を、酒席の憲法恥をか・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・月の初めと半ばとの二度に分けて、半月に一円ずつの小遣を渡すのを私の家ではそう呼んでいた。「今月はまだ出さなかったかねえ。」「とうさん、きょうは二日だよ。三月の二日だよ。」 それを聞いて、私は黒いメリンスを巻きつけた兵児帯の間から・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・よしや誰と連になろうが、その人に何物をも分けてやることは出来ない。ただ一般に苦しい押え付けられているような感じ、職業のないために生じて来たこの感じより外には、人に分けてやるような物を持っていないのである。この感じは四辺を一面に覆うている白い・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・夫婦は、かわいそうだと思って、じぶんたちの食べるものを分けてやりました。 乞食のじいさんは、二人が、へんにしおしおしているのを見て、どうしたわけかと聞きました。二人は、生れた子どもの名附親になってくれる人がないから困っているところだと話・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
出典:青空文庫