・・・ 九唱 ナタアリヤさん、キスしましょう その翌、翌日、まえの日の賤民とはちがって、これは又、帝国ホテルの食堂、本麻の蚊がすり、ろの袴、白足袋の、まごうかたなき、太宰治。ふといロイド眼鏡かけて、ことし流行とやらのオリン・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・フロベエルなど、私はよく存じませぬが、なかなか細密の写実家の様子で、シャルルがエンマの肩にキスしようとすると、と言って拒否するところございますが、あんな細かく行きとどいた眼を持ちながら、なぜ、女の肌の病気のくるしみに就いては、書いて下さらな・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・「これは、みんな、あたしのだよ。」とラプンツェルは教えて、すばやく手近の一羽をつかまえ、足を持ってゆすぶりました。鳩は驚いて羽根をばたばたさせました。「キスしてやっておくれ!」とラプンツェルは鋭く叫んで、その鳩で王子の頬を打ちました。「・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・あなたのいらっしゃる時とお帰りになる時とにあなたが子供でいらっしゃった時からの習慣で、わたくしはキスをしてお上げ申しましたのね。それはもと姉が弟にするキスであったのに、いつか温い感じが出て来ましたのね。次第に脣と脣との出合ったのが離れにくく・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ おとなはみんなペムペルとネリなどは見ない風して行ったけれど、いちばんしまいのあのかあいい子は、ペムペルを見て一寸唇に指をあててキスを送ったんだ。 そしてみんなは通り過ぎたのだ。みんなの行った方から、あのいい音がいよいよはっきり聞え・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気のようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸もちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟してこの人たち二・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・そのとき鰯もつぐみもまっ黒な鯨やくちばしの尖ったキスも出来ないような鷹に食べられるよりも仁慈あるビジテリアン諸氏に泪をほろほろそそがれて喰べられた方がいいと云わないだろうか。それから今度は菜食だからって一向安心にならない。農業の方では害虫の・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・d so I decided to stay in too ! My dearest “Chame”, I don't deserve your love: I don't deserve your kiss, and I don't de・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・ 彼を見上げた口の上へ油井はキスした。 ○ 二定点間ノ最短距離ハソノ二点ヲ結ブ線分ナリ。 然し、みのえはジグザグ裏通りの狭いところを通って、女学校の往きに、時々油井の家へよった。会社員である油・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・ ヴォルガ河を夏とおる船は、その平屋根に西瓜をのせて通っているし、この河で釣れるキスのような魚の清汁の味は実によかった。 そして、これらの季節の思い出のどの一節にも、遠くにか近くにか手風琴と歌声とが響いていて、そこには微かにロシヤの・・・ 宮本百合子 「モスクワ」
出典:青空文庫