・・・ その射的場で、一ばんむずかしいのは、この雀撃ちという事になっている。ブリキ細工の雀が時計の振子のように左右に動いているのを、小さい鉛の弾で撃つのだ。尻尾に当っても、胴に当っても落ちない。頭の口嘴に近いところを撃たなければ絶対に落ちない・・・ 太宰治 「雀」
・・・ これに和してモスコフスキーは、同時に立派な鍛冶でブリキ職でそして靴屋であった昔の名歌手を引合いに出して、畢竟は科学も自由芸術の一つであると云っている。しかしアインシュタインが、科学それ自身は実用とは無関係なものだと言明しながら、手工の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ 池の水の振動、いわゆるセイシについては、本多さんたちの調べた結果が、大学紀要の二十八巻の五に出ている。ブリキで作った小さな模型もあったはずである。この池の水の運動についてもまだ調べれば調べる事がいくらでも残っている。池の測深もその時や・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・ ドイツ滞在中はブリキ函に入った「マノリ」というのを日常吸っていた。ある時下宿の老嬢フロイライン・シュメルツァー達と話していたら、何かの笑談を云って「エス・イスト・ヤー・マノーリ」というから、それは何の事だと聞いてみると、「馬鹿げた事だ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・それは、そのころどこかからもらった高価な舶来ビスケットの箱が錠前付きのがんじょうなブリキ製であったが、その上面と四方の面とに実に美しい油絵が描かれていた。その絵の一つが英国の田舎の風景で、その中に乗客を満載した一台の郵便馬車が進行している。・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・たとえばのうぜんの葉を一枚一枚はっきりかいてみると、どうもブリキ細工にペンキを塗ったような感じがする。これは自分の技巧の拙なためかと思うが、しかし存外大家の描いたのでもそんなのがありやすい。これに反してわざと輪郭をくずして描くと生気が出て来・・・ 寺田寅彦 「自画像」
一 古い伝統の床板を踏み抜いて、落ち込んだやっぱり中古の伝統長屋。今度の借家は少し安普請で、家具は仕入れ。ボールの机にブリキの時計、時計はいつでも三十度くらい傾いて、そして二十五時のところで止ってい・・・ 寺田寅彦 「二科狂想行進曲」
・・・右隣りが電話のボタンを拵える職人、左隣がブリキ職。ブリキ職の女房は亭主の稼ぎが薄いので、煙突掃除だの、エンヤラコに出たりする。それで五人の子持である。お腹がふくれると、口が殖える将来を案じて、出来ることなら流産てしまえば可いがと不養生のあり・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・刃のない安全剃刀。ブリキのように固くなったオバーオールが、三着。「畜生! どこへ俺は行こうってんだ」 樫の盆見たいな顔を持った、セコンドメイトは、私と並んで、少し後れようと試みながら歩いていた。「ヘッ、俺より一足だって先にゃ行か・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ 二 私は面接室へ行った。 ブリキ屋の山田君と、嬶と、子供とが来ていた。 ――地震の時、事務所の看守長は、皆庭へ飛び出して避難したよ。 ブリキ屋君が報告した。 ――はたして。と私は言った。 つまり、私・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
出典:青空文庫